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「東堂は……どんな人物なんですか」
夕暮れ時、七海が使うキッチンに恒例となった料理教室を受けにやってきた。
少し長めの髪を小さくまとめた七海に日暮はエプロンの紐を結びながら問いかける。
「ん?最近は俺よりお前の方がよく知ってるだろ?」
「あ、いえ……その」
日暮がそれきり黙り込むと、七海が野菜を洗う音だけがキッチンに響く。
「あぁ……よく知ったから、か?」
「……はい」
相変わらず察しの良い男だ。
下世話な話には耐性がないようだが、七海の洞察力には優れたものがあると日暮は感じていた。きっと『かがみ』でも重宝されていたことだろう。
「まぁそうだな。ぶっちゃけ俺もよくわからねぇんだ……俺は庵司さんに指示されたからなんの疑いもなくここに来たわけで……東堂のことはただの殺しの対象としか思ってなかったからな」
手は止めないまま思い出すように七海は語る。
そんな七海を手伝うべく、日暮は洗い終わった野菜を手に取った。
「だからな、今はお前と同じ状態なんだ。それもお前よりずっと長く考えてる……どうして東堂を殺せと命令されたんだろうってな。今まで殺しの理由なんて考えたこともなかったのに」
ははっと乾いた笑いを浮かべる七海を日暮は横からじっと見ていた。
その視線に気づいたのか、困ったように眉を下げて七海は唇を柔く噛む。
「……聞きたいのは今の俺の状況だろ?……前、俺は死んだことになってるって言ったよな。実際、死んでなきゃおかしいんだ」
「……どういうことですか?」
「俺は失敗したんだ。東堂には到底かなわなかった。だからそこで東堂に殺されてるはずなんだ……それなのにアイツは、東堂は俺を殺さなかった」
ついに七海の手が止まる。
キッチンには再び荒い流水音だけが反響する。
「……東堂は、笑ったんだ…………泣きそうな顔で笑ってたんだ」
何を信じたらいいのかわからない、七海はうつむいて静かにそうつぶやいた。
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