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東堂は、穏やかな人物だった。
もちろん仕事に関する交渉や判断を下す場面では貫禄のある、どっしりとした構えを崩さない。
しかし、仕事が関わらなくなると一変、その厳かさは鳴りを潜める。
夕食は何がいいだの、にんじんはもっと細かく刻んでくれだの、時々子供を相手にしている気分にさえなる。
きっと七海と日暮が疑問を持ったのもこれが原因だろう。
あまりにもかけ離れていたのだ。『かがみ』の獲物と。これまで依頼を受けた者達とは到底違う。むしろ企業を成功へと導き周りからの信頼も厚い、根っからの善人に見えるのだ。それは東堂との距離が近くなる程ひしひしと感じていた。
それでも簡単に信じる二人ではない。
これもまた巧妙に隠された姿で、本来の姿は別にあるかもしれないからだ。
その可能性の方が大きいとさえ思っていた。
何しろ庵司が精鋭であった七海を送り込むほどの人物だ。さらには東堂の言葉に逆らうことなく今度は日暮をもやったのだから。
「これは?痛い?」
そんな善人とも悪人とも判断のつかない東堂は、現在うつ伏せになった日暮の足に跨っていた。
「……っもう、痛くないです」
「本当に?いつも触ると声あげるでしょ?」
そう言いながら、東堂はスリスリと日暮の背を撫で続ける。
今は毎夜行われるお薬タイムの真っ只中だった。
「それはっ!」
「……それは?」
してやったりというようにねっとりとした口調に変わった東堂に、日暮は内心で盛大に舌打ちをする。
東堂は穏やかな人物だ。何かを隠しているかもしれないが、穏やかな面があるのは間違いない。しかし、日暮は東堂の他の一面に気づいていた。
「東堂さんが……触るから!」
そう言うと、指の腹でなぞるだけだった刺激に爪で引っ掻かれた痛みが混じる。
「へぇ……傷口触られると声出ちゃうのは私のせいか。ほら、やっぱりまだ痛いんじゃないか」
「ちがっ……ぅ」
ここで、そうだよ痛いから触るなと言えたらどんなに楽だろうか。
しかし実際に痛みは全くないわけで、嘘をつくのはなんだか負けを認めるようで嫌だった。とは言っても何か勝負をしているわけではないのだが。
「じゃあどうして?」
くそッ……
東堂のもう一つの面、これはとてもタチの悪いものだ。
七海に料理を習い始めてから気づいたが、どうやら負けず嫌いであるらしい自分とは特別に相性が悪い。
こうなった東堂は納得する答えが聴けるまで意地でも手をとめない。
それを知っている日暮は、諦めたように東堂の指に身をまかせることにした。
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