Ep.7

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「……ぃ、から」 「ん?なに、聞こえないよ?」  耳元に顔を寄せる東堂に小さく身震いする。  こうなったら日暮が東堂に逆らう事は出来ないと、東堂自身が理解していることが日暮には悔しかった。 「……気持ちい、から!あんたに触られると、体が変になるんだよッ!」  まるで八つ当たりをするかのようにシーツに顔をうずめて叫ぶ。  紛れもない、日暮の本心だった。常日頃から自分の感情を悟られないように生きている日暮が我を忘れて叫ぶ本音。  崩れた言葉に熱くなる顔。少し伸びた髪が左右に分かれたうなじまでもが赤く染まっているであろうことを認識して、日暮はシーツに強く顔を押し付けた。  東堂は日暮の敬語を嫌う。普段から楽に接して欲しいとは東堂の命令だが、日暮が仕事中に口調を崩すことはない。それだからか、東堂は日暮の敬語が崩れる瞬間をそれはそれは好ましく思っているようだった。 「……よく言えました」  それは幼子に言い聞かせるような、柔らかい、しかし何処か妖艶なツヤを含んだ声。  その声に、日暮は”これから”を想像して再び肩を震わせる。   「クソッ!」  ついに心の中だけでなく表にまで出始めた悪態に、気にする余裕もなく日暮は枕を握りしめる。  気持ちいい、そう口に出して認めること、それは日暮のプライドを酷く傷付けた。実際にそう思ってしまうことが問題なのかもしれないが、早く楽になりたい、もっと触って欲しい、そんな思いが浮かんできてしまうことの方が日暮にとっては重大だった。  それゆえに悔しげに放った悪態は、東堂に対してではなく、少しでも気を抜けば完全に快感に流されてしまいそうな自分自身に対してのものだ。 「ここは?気持ちい?」  気を良くした東堂のしつこい程の愛撫を日暮は知っている。  そして、だからこそ日暮はやりきれない気持ちになるのだ。  シャワーを浴びてベットに来いと、そう言われた日から続くこの関係。  しかし、それ以降東堂はあの時のように日暮を翻弄することも、東堂自身を慰めさせることも一度もなかったからだ。
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