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「なんで……なんでだよッ!」
「ん?どうしたの?」
東堂の手が止まる。
日暮の口調が崩れるのはいつものことだったが、これほどまで感情をあらわにしたのは初めてだったからだ。ただでさえ表情の変化が乏しい日暮が見せた眉根を寄せて何かを訴えるような目に、東堂は内心で首をかしげる。
「……なんで、触らないんだよ……」
そう言われた東堂はまたも困惑する。
東堂の手は日暮の肌の上にあり、少し上がった体温をじかに感じている。
「俺は、どうしたらいいんだ……?だって、ただ食べて寝て、それだけで……俺は……どうしてここにいる?」
「……日暮、くん?」
日暮は自分の存在意義に疑問を持っていた。
覚悟を決めてベットへ向かっても、繰り返されるのは色気も何もないただの薬塗り。
東堂から日暮が呼ばれた理由はなんとなくだと聞かされたが、これが派遣であるならばいつも通り働こう。引越しの手伝いをした時のように、寒空の下でティッシュ配りをした時のように、依頼内容に忠実に。そう決めた。
それなのに。こんなに好待遇で痛いことも何もなくて。
今まで命令に従うことしかしてこなかった日暮は、手すら出されない今どうしたらいいのかわからなくなっていた。
どうして東堂の隣にいるのか、もう殺しの対象だとは到底考えられない東堂の隣に、どうして汚れた自分がいるのか。
自分で考えることすら許されてこなかった日暮の頭は、もうこの現実を処理できなくなっていたのだ。きっと頭だけでなく、心と身体も。
「今だって、内心俺を嘲笑ってるんだろ?……だったら、優しくなんてするなよ…………わからないんだ。俺はこれまで人を殺すことしかしてこなかったから……でも俺は……もうあんたを殺せない」
あぁ、この顔か。
七海が言っていた泣きそうな顔というのは。
東堂が泣くなんてあの時は想像できなかったが、確かにこれは情けない顔だ。俺には笑ってはくれないみたいだが、薄く唇を噛む姿に何か心惹かれるものがあった。
体をよじって盗み見た東堂の表情に、先ほどの七海との会話が思い起こされる。
七海の言う通り、これじゃあ何を信じたらいいかわからなくなるはずだ。
しかし日暮は一つ確信した。
自分と七海が根本的に異なっていることを。
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