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「……すまなかった。日暮くんがそんな風に思っていたなんて……けど、決して嘲笑ったりなんかしていない!私はただ……」
ギシリとベットが軋む。
東堂は小さく頭を振って、それからゆっくりと目を逸らした。
一番聞きたかった言葉の続きは今は話す気が無いらしく、日暮を解放してベットから立ち上がる。
「……私はシャワーを浴びてくるよ。日暮くん、申し訳ないんだけど今日はゲストルームで寝てもらえるかな。やり忘れた仕事があるのを思い出してね」
そう言うと、日暮の返事も待たずに東堂は歩き出した。
やり忘れた仕事があるなんて嘘だ。あからさまに、逃げるようにバスルームへ向かったのもおかしい。もう寝る準備は万端に整っていたし、何よりいつも無遠慮に日暮に踏み込んでくる東堂からは考えられない行動だ。
「……なんなんだよ」
扉の向こうからシャワーが流れる音が聞こえだすと、日暮は大の字でベットに寝転んだ。
目を閉じると、先ほどの東堂の表情がはっきりと蘇る。
七海は秘書をしている理由の一つとしてこう言った。殺しの対象であった男のするこの悲痛な表情の真相を知りたいと。
しかし日暮は違った。知りたくなかった。
無償の施しなどこの世界には無いことはよく知っている。だからこそ、この無意味な優しさから早く解放して欲しかった。
知ってしまったら、本当に戻って来れなくなる。そんな気がしていた。
さっきだって、今までの自分ではありえないほど感情が溢れ出した。東堂に組み敷かれた自分は一体どんな顔で東堂を見ていたのだろう。
自分が自分でなくなるようで、東堂の目に映る自分を想像しただけで恐ろしかった。
もうこれ以上優しくしないで欲しい。
もうこれ以上自分の常識を塗り替えないで欲しい。
肌に触れられる手に恐怖を感じなくなったのはいつからだろうか。
「俺は……」
安心、その言葉が浮かんだ時、日暮は勢いよくベットから飛び起きた。
そのままドタドタとゲストルームまで一直線に向かう。
「明日の朝食は何にしよう」
冷えたベットに飛び込んで早口でそう呟く。
やはり危ない。東堂は危ない。
よかったんだ、今日面と向かって言えて。
よかった、早く気付けて。
大きく息を吸い込んできつく目を閉じる。
その夜日暮は、久しぶりに一人のベットで眠った。
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