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「やぁ、庵司くん。待っていたよ」
「……遅くなった」
徐々に覚醒する頭でぼんやりと声を拾う。
一体何度意識を失えばよいのだろうか。喉がカラカラに乾いていてもう声も出そうにない。
「それで、さっき言ってたのはこの子のことなんだけど……あれ、起きた?」
きっと血を流しすぎたのだろう。うっすらと開けた目が映し出すのは光の濃淡のみだ。
身体の節々に小さな圧迫感を感じ、包帯が巻いてあるのだと認識する。
「まだ寝てなさい」
瞼にそっと大きな手が覆い被さる。乾いた肌に重なった人肌の温もりに、抗うことのできない微睡みの中へと落ちていく。
ピクリとも動かすことのできない身体が今はありがたい。殴りかかろうなどと考えることをせずに、ただ頭上の会話を追っていればよいのだから。
誰が敵で誰が味方なのか、それを考えてもどうにもならないことだけはよく理解できていた。
そして、どうやら自分が助かったらしいことも。
「それで、庵司くんにこの子のことをお願いしたくて」
軽い口調で男は言う。
「私は引き継ぎが終わったばかりで、今少し忙しいんだよね」
後から来た男は、何も答えなかった。
「ね、庵司くん。いいよね?私はそろそろ行かないといけないみたい」
一方的な会話のまま、すっと手が目元を離れた。
立ち上がってコツコツと歩き出す音が聞こえる。
「……今日からお前は日暮だ」
長い時間がたった後、少ししゃがれた低い声が聞こえた。
沈みかけた意識を覚醒させるように目を開くと、夕日の眩しさにまぶたが震える。いつの間にか、日が沈む頃になっていたようだ。
ひぐれ。
きっと自分に名付けられたのであろうその単語に、随分安直だと思った。
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