Ep.8

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「やぁ、庵司くん。待っていたよ」 「……遅くなった」  徐々に覚醒する頭でぼんやりと声を拾う。  一体何度意識を失えばよいのだろうか。喉がカラカラに乾いていてもう声も出そうにない。 「それで、さっき言ってたのはこの子のことなんだけど……あれ、起きた?」  きっと血を流しすぎたのだろう。うっすらと開けた目が映し出すのは光の濃淡のみだ。  身体の節々に小さな圧迫感を感じ、包帯が巻いてあるのだと認識する。 「まだ寝てなさい」  瞼にそっと大きな手が覆い被さる。乾いた肌に重なった人肌の温もりに、抗うことのできない微睡みの中へと落ちていく。  ピクリとも動かすことのできない身体が今はありがたい。殴りかかろうなどと考えることをせずに、ただ頭上の会話を追っていればよいのだから。  誰が敵で誰が味方なのか、それを考えてもどうにもならないことだけはよく理解できていた。  そして、どうやら自分が助かったらしいことも。 「それで、庵司くんにこの子のことをお願いしたくて」  軽い口調で男は言う。 「私は引き継ぎが終わったばかりで、今少し忙しいんだよね」  後から来た男は、何も答えなかった。 「ね、庵司くん。いいよね?私はそろそろ行かないといけないみたい」  一方的な会話のまま、すっと手が目元を離れた。  立ち上がってコツコツと歩き出す音が聞こえる。 「……今日からお前は日暮(ひぐれ)だ」  長い時間がたった後、少ししゃがれた低い声が聞こえた。   沈みかけた意識を覚醒させるように目を開くと、夕日の眩しさにまぶたが震える。いつの間にか、日が沈む頃になっていたようだ。  ひぐれ。  きっと自分に名付けられたのであろうその単語に、随分安直だと思った。
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