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「わぁ…すっごく良い天気だねぇ…。」
私の先を行く彼が楽しげに言う。
照りつける太陽の眩しさに目がくらんでその姿をハッキリとは取られられない。
「そうだね、今日は雲ひとつない快晴だね。」
すぐそこにいるハズの彼がどこかに消えてしまう気がして、彼に追いつこうと私は歩みを早める。
やっと追いついて彼の横に並んで、彼のシャツの袖を掴もうとしたその時。
ふいに太陽が見えなくなった。
大きなビルの影に入って、やっとハッキリ見えた彼の顔。
その表情は切なげなような、寂しげなような。
隣にいる私に向けていた顔を正面に向け、前をじっと見つめて彼は言った。
「今日は絶好のサヨナラ日和だね。」
そして彼はもう一度私の方に顔を向けてくしゃっと笑った。
彼の言葉の意味も、笑顔の意味も、私は理解出来なかった。理解できないのに、不安と焦りで胸がザワザワする。
そんな私を置いて、彼は再び歩き出す。
ただただ前に向かって。
慌てて追いかけて、今度こそシャツを掴もうとした時、ビルの影から抜けてまた太陽が顔を出した。
まだ4月なのにも関わらずじりじりと照りつける太陽にまた彼の姿が眩んでゆく。
「ねぇ、待って!行かないで…っ。お願い、置いてかないで…。」
彼を掴もうと腕を伸ばした腕は空をきった。
「ごめんね。ここでお別れだ…。」
彼の姿がどんどん太陽の光にのまれていく。
さっきから何度も彼に手を伸ばしているのに一向に届かない。
「ありがとう、僕と出会ってくれて。ありがとう、僕を愛してくれて。ありがとう…」
嫌だ、聞きたくない。そう思う気持ちとは裏腹に凄くクリアに彼の声が耳に入ってくる。
「…ありがとう、僕と一緒に逝こうとしてくれて。でもね…君はまだ僕と一緒に来ちゃいけない。」
彼の姿は太陽の光にのまれて、もうほとんど見えない。それでも私は手を伸ばし続けていた。
「嫌だ、嫌だよ…。私も一緒に……っ。」
まるで幼い子供のように私は泣きじゃくる。
「…ダメだよ。君はまだここに居なきゃ。」
「僕は死んだことで…、君をはじめ、たくさんの人を悲しませてしまった。」
「君が死んでしまったら、同じようにたくさんの人が悲しむことになる…。」
「僕も含めて、ね。」
「僕は、君に生きて欲しいんだ。」
「僕と一緒に逝くんじゃなくて、君の中に生きてる僕と…、一緒に生きて欲しい。」
「僕は生きてるよ。君の中で、生きてる。」
「そして、これからも生き続ける。君の中で、ずっと。」
「だから君には、君の中に生き続ける僕と共に…ここで生きていって欲しいんだ。」
「そして、僕がここでやり残したことを…君の中にいる僕と一緒にやり遂げて欲しい。」
「…だから、サヨナラだよ。死んでしまっている僕とは。」
「愛してる。これからも、ずっと…。」
言い終わると、彼の身体は全て光にのみ込まれ見えなくなってしまった。
「…っ、待っ……!」
待って。照りつける太陽に向かってそう叫ぼうとして、私の意識はブラッアウトした。
気がついた時には病院のベッドだった。
…あぁ、そうだ。
私、死のうとしたんだ。
彼のいない世界が辛くて。
彼がいなくなった現実を受け入れられなくて。
ベッドサイドでは、意識を取り戻した私を見た母が泣いている。
私が生きていることを喜んでいる。
私のことを心配してくれていたのは、母だけではなかった。
社会人になってから自分の生活に追われて、なかなか会えてなかった友人たちも、病院に駆けつけてくれたらしい。
…彼の言うとおりだった。
もし、私が死んでいたら、たくさんの人を悲しませていた。
私が彼を亡くして感じた悲しみを、私も誰かに味わわせてしまうところだった。
…数日後、私は医師の許可を取って病院の庭を散歩していた。
そらは雲ひとつない快晴。
私を照らす太陽に向かって、私は叫ぶ。
「…自分の言いたいことだけ言って消えちゃうなんて。」
「もう…。いつも、そうなんだから!」
「いつもいつも…自分の言いたいことだけ言って、私の話なんて全く聞いてくれなくて。」
「それで私が怒ったら…」
「ごめんごめんって、あのくしゃっとした顔で笑うんだ。」
「…ホントだね。」
「アナタは私の中に生きてる。」
「こんなにもたくさん。」
「こんなにも鮮やかに。」
「私が生きてる限り、ずっと一緒なんだね。」
今日は凄く良い天気。
サヨナラ日和の良い天気。
死んでしまった彼にサヨナラ。
死のうとした自分にサヨナラ。
昨日までの悲しみにサヨナラ。
快晴の空に向かって私は微笑む。
彼の、くしゃっとした笑顔を真似て。
「ねぇ、今日は。」
「絶好のサヨナラ日和だね。」
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