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以来こうして数年間、図書館近くを彷徨している彼のもとへ、暇を見つけては会いに通っている。まあ他に行きたい場所もないので、図書館通いが苦になったことはこれまで一度もないが。
そんなふうに昔のことを思い返しながら、以前彼に勧められた戯曲の本をぱらぱらめくっていると、横から何か呟くのが聞こえた。
「まあ……こともない」
「え?」
ページをめくっていた手を止めて聞き返すと、彼はぶっきらぼうに言った。
「たまには俺も、外に出ないこともない」
「……」
私は少し考えようとしたが、秒で思案も面倒臭くなってさらりと答えた。
「いや、いいよ。無理に連れていっても、虚しいだけだし」
「なっ……」
本心であった。さっきまで高まっていた私のデートへの熱意は、台風が熱帯低気圧に変わるがごとく、ここに来て急速に弱まっていた。事実、片方が乗り気でないデートなど、考えただけでも気が滅入る。
私が戯曲の続きを読み始めると、彼はなぜか変に慌てた様子で、猫撫で声を出してきた。わざとらしすぎてツッコミを入れる気にもならないほどの、優しい優しい声である。大方、自分が冷たく拒否したことで私を深く傷つけてしまった、とでも思って慌てているのだろう。
「きょ、今日は実にいい天気だな。ぜひ外に出たいものだ」
「ふーん。誰と?」
「も、もちろんお前と」
「ほんとに?」
「本当だよ」
そう言われた私は本をパタリと閉じ、じっと彼を見た。
口元周りや目元の堕落しきった表情筋を総動員して、にこにこと、力尽くで笑みを作っている。今にも筋肉の軋むガチガチという音が聞こえてきそうだ。鏡に映らないがために、自分がどんな顔をしてご機嫌取りをしているのかつゆも知らない本人には死んでも言えないが、私には彼のこの滑稽な顔が、しかしたまらなく愛らしいのだった。
「ばか」
「えっ」
「ばか!」
私はそれだけ言うと、すっくとスツールから立ち上がり、本を本棚の元の場所に戻した。目を向けた窓の外は依然として快晴、絶好の行楽日和だった。
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