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人間嫌いは甘党
私が人間嫌いになった原因は二種類に分けられる。家族と、学校の同級生たち。その二つだ。
私はいわゆる「親たる資格のない親」のもとに生まれてきた子供だった。一応仕事はしていても衣食住を実家に頼りきりで、にもかかわらず後ろめたさを感じることなくわがまま放題を続ける両親の行動原理は理解できないし、親戚一同にしたってもう諦めているだろう。結局のところ、許されているのだ。我が両親のみっともない狼藉は。「無償の愛」の名の下に。
そんな腐りかけた林檎のような家系の中でも、母方の祖母だけはいつも、
「お前は親二人のどちらとも似てない。優しくて頑張り屋のいい子だよ」
と私を褒めてくれた。それだけで幸せだった。祖母が突然倒れて病院に運ばれ、末期がんであるという診断を受けるまでは。
「どうかしたのか?」
彼の冷静な声で、私は現実へと引き戻された。陽射しの暖かな公園のベンチで、私の手にはカフェラテが、膝の上にはさっき買ってきたドーナツの紙袋がある。紙袋には「本格抹茶フェア」の広告が印刷されており、着物姿の妙齢の女性が淑やかな微笑を浮かべていた。
「やっぱり、俺は悪霊だから……あまり長くそばにいると、具合が悪くなるのかもしれない」
本を片手にベンチの背もたれにふわりと座りながら、どこか呑気に彼は言う。私はカフェラテに口をつけながら笑った。
「もう三年以上も一緒にいるのに、そんなことあり得ないから」
「そうか?」
「当たり前だよ。勝手にいなくなったりしたら、呪うよ?」
私は紙袋からドーナツをひとつ取り出して、かぶりついた。生地に抹茶が練りこまれた期間限定のドーナツは、上品なほろ苦さの中に優しい甘みがあって、美味しさに笑みがこぼれた。幸福感でにやけていると、こちらをじっと見つめる彼と目が合った。
「あ、そういえば外誘ったくせに私だけ食べちゃって、ごめんね?」
「何、気にするな。俺はお前の美味そうに食べる顔だけで十分だ」
「なにそれ。なんかやらしい」
「なっ」
どうしてお前はいつもそういう解釈を……と息巻いてまくし立てる隣の悪霊を「はいはい」と笑っていなしながらドーナツを食べていると、ふと、公園の隅でスケッチブックを広げている少年が目に入った。小学生くらいに見える。
「あ」
「なんだ?」
「いや、絵を描いてる子がいるなあって」
「知り合いか」
「ううん、知らない子。でも……」
私は指についた砂糖を舐めながら、その少年を眺めた。顔立ちも服装も地味な子だったが、一心不乱に鉛筆を走らせる姿には不思議と華があり、日差しの中でも心なし輝いて見えた。
「何かに夢中になってる姿って、いいよね」
「あまりよその男を熱心に見つめてくれるなよ」
からかい混じりに彼が言う。
「これはデートなんだろ、一応」
「あれ? デートだと思ってくれてたんだ」
「ま、せっかくだからな」
「ふーん。いつも本ばっか見てる人に言われる筋合いもないけど……あ」
少し目を離した隙に、絵描きの少年は、どこからかやってきた子供達に囲まれていた。取り囲まれて、スケッチブックを取り上げられている。彼らはそれを地面に叩きつけると、甲高い笑い声を上げながら、カラスの集団のように早々と公園を去っていった。
「うわ、ひどい」
私は少年の方へと駆け寄った。あたりには折られた鉛筆と破られた紙が散らばっている。
「大丈夫? さっきの子達、知り合い?」
「あ、すいません」
少年は私を見ると、なぜかあははと明るく笑った。
「僕は、グズでのろまで、学校でいつもみんなに迷惑ばかりかけてるから。仕方ないんです。僕はいつも足手まといで、だから、逆らっちゃだめで。僕はみんなの、迷惑、だから……」
少年はそこまで言うと、唇をかみしめて俯いた。涙が地面にぽたぽたと落ちる。私の後ろで事の顛末を見ていた彼は、やれやれと首を振りながら、少年に話しかけた。
「たとえお前が本当に迷惑なグズだったとしても、こんなことをされて当然ってことはないだろう」
どうせ聞こえないのに何をと思ったが、予想に反して少年は顔を上げ、はっきりと彼に焦点を合わせた。
「あれ……? あの、あなたは、どこから……」
「え、彼が見えるの?」
「はい」
私は彼の方を指差して言った。
「この人ね、悪霊」
「えぇ!?」
驚いてその場にへたり込む少年に、彼は指を突きつけた。
「お前、そんなんじゃ、この先の人生ろくな目に遭わないぞ。昔の俺とまるで同じ。自分を卑下して、理不尽も受け入れて、それが美徳とでも? だとしたら、大きな間違いだ。そんなことを続けていれば、そのうち、本当に大事なものさえ失くすことになるんだぞ」
少年はかたかた震えながらも、ぎゅっとスケッチブックを抱きしめた。
「でも、僕には、他にどうすることも……」
「逆らったらお前の大事なものや大事な人を壊す、とでも言われたか? そんな言葉を恐れる必要はない。相手をぶちのめせば、全てなかったことになるんだからな。やり方がわからないなら、手を貸してやる」
その時、太陽が雲に隠れ、あたりは途端に薄暗くなった。彼はふふん、となぜか生き生きと笑った。
「いい感じに陰ってきたな。復讐日和じゃないか」
少年がヒッと息を飲む。結局、彼は悪霊なのだ。恨みや憎しみが大好物で、諍いや災いを引き寄せる。本当はデートのはずだったが、こうなってしまっては仕方がない。
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