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ベンチに座り直す私に、隣の少年が申し訳なさそうに聞いてきた。
「さっきの悪霊さんだけをあの子たちの家に行かせて、僕は何もしないで公園で待ってろなんて、いいんですか……?」
「いや、いーのいーの」
私は笑って手をぶんぶんと振った。
「でも……」
「いや、ほんとに気にしないで。あの人は、人の悪意や闇が大好物なの。エネルギー供給源っていうのかな? つまり君の復讐代行は、あの人にとっては苦労どころか、楽しい楽しい食べ放題飲み放題バイキングみたいなもんなんだよ」
「た、食べ放題、ですか……」
「そ。しかも悪霊が本気で暴れ回ってるすぐ近くにいたら、さすがに私達だってヤバいよ。こうして遠くに避難してるのが彼にとっても私達にとっても一番いいんだよ」
そんなことを話していると、ポツポツと雨が降ってきた。ほんのぱらつく程度の小雨で、濡れるほどではないのでそのまま座っていたが、遠くの方では雨が酷いらしく、絶叫のような雷鳴が轟くのが聞こえてきた。
「ひっ!」
「やっぱり、幽霊は怖い?」
「い、いえ。助けて貰っているのに、そんな……」
すると公園の入り口に、何やら人影が見えた。体格の良い男の子だ。虚ろな目つきで、負傷した体をガタガタ震わせながら、糸に繋がれた操り人形のようにとてとてとこちらへ歩いてくる。少年がまた息を呑んだ。
「さっきの子達の一人?」
「は、はい。みんなのリーダーをしてる子、です」
そのリーダー格の男の子は、私達の前に来ると、「ごべん」と言ってばたりと倒れた。倒れたそのボロボロの体から、するりと彼が抜け出てくる。
「ずいぶん食い応えのあるガキだった」
彼はすうっと私の隣にやってくると、ぺろりと唇を舐めた。
「はじめは子供だし脅かすくらいでいいかと思っていたが、いや、人の悪意のでかさは見た目や年齢で判断してはいけないな。他の子供からは人並みの悪意しか食えなかったが、こいつの頭の中はそこらの大人よりもよほどおぞましくて醜くて、最高だったよ」
「それはよかった」
「俺ばかり食事してしまってすまないな」
「いいよ。お互い様だし」
そんな会話をする私達をよそに、少年は血相を変えて倒れた男の子に駆け寄り、涙声で話しかけていた。
「わかってくれたならいいよ。友達なんだから。でももう二度と、あんなひどいことしないでね……」
私と彼は顔を見合わせて、肩をすくめた。
もちろん、この少年と友達の関係が今後どうなるのかは神のみぞ知るところだ。今日のことを教訓として仲良しになるのか、いじめられ続けるのか、それはさっぱりわからない。私たちは他人に変わるチャンスを与えることはできても、本人が本気で変わろうと思わない限り人は変われないものだ。それにこれは結局他人事で、そこまで深入りする必要もない。
とにかく今、私が何より気になっていたのはそんな道徳的なことではなかった。我が愛しの活字中毒者が今までにないほど満たされた顔でそこにいる、それだけが唯一の関心事だった。
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