おわり

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おわり

「私の悪意は食べないの?」  図書館に帰る道すがら、私はそう聞いた。小雨は止み、窓の外の黄昏時の空は鮮やかな橙に染まっている。車両には誰もおらず、隣に座った彼が不思議そうに聞いてくる。 「味見していいのか?」  私は靴のつま先を見ながら頷いた。彼のさっきの顔が、目に焼き付いて離れなかった。好きな本を読んでいる時にも明るい顔はするが、あんなに恐ろしげで満足そうな、美しい表情は初めて見た。 「そうか。じゃあ、目を瞑っておけ」  そう言われて、目を閉じる。すっと顎を持ち上げられたかと思うと、唇と口内にあの氷のようにひやりとした感覚が走った。十数秒の間、体温と血液を抜かれるような感覚が続き、やがて目を開くと、神妙な目つきの彼と視線が合う。 「お前のは、ちょっと薄味すぎるな。それでも人間嫌いか? もっとちゃんと恨めよ」 「そう言う割には味わってたじゃん。本当は割と美味しかったんじゃないの」 「そうだな。少し甘かった」  私はとっさに顔を背け、赤くなった頬を見られまいと両手で顔を覆った。言い返す元気もなかった。学校でさんざ「真面目ちゃん」とか「ガリ勉」とか言われ続け、それを必死に突っぱねていた頃に心に溜めこんだ、黒々とした膿のような恨み。それらは、しかし、彼にとっては大したことではないということなのだろうか。自分では結構こじらせていると思っていたのに。恥ずかしい。 「なんだ、大丈夫か? やっぱり俺といたから具合が……」 「違うから!」  思わず大声で叫んでしまってから、私は小声で呟いた。 「次のデートまでには……もっと恨み溜めておくから」 「わかった」  彼は言い、また呑気に本を読み始めたが、私は何も考えられず、ただ顔の火照りを冷ますことしかできなかった。どう人を恨めば彼に気に入って貰えるか、誰もいない電車の中で、そればかりを熱心に考えながら。
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