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はじまり
私が世の中に「活字中毒」という言葉があると知ったのは、「彼」が私の前に初めて姿を現した日のことだった。
当時の私は、まだ中学生になりたての平凡な女子で、けれど人ならざる者を見てしまうのには十分なほど世を儚んでいて、つまりこの世の人間、全てを激しく嫌っていた。あの日、この世で唯一自分を愛してくれていた祖母に置いて逝かれ、遺産を前に下劣に笑う両親を見るに耐えかねて、私は家を飛び出した。梅雨の時期のことで、外は土砂降りだったのを覚えている。
冷たい雨の中を走りながら、心底、死にたいと思った。けれど、いざ増水した川に身を投げようと欄干に身を乗り出しても、あと一歩のところで体がどうしても動かない。諦めて街をあてもなく彷徨い、疲弊した私は近くにあった図書館の軒下に入り、それからはしばらくぼうっと、地面を叩く雨のつぶてを眺めていた。このまま意識ごと、溶けて消えてなくなってしまえばいいのにと、冷え切った体でそう思った。濡れた頬に、雨とは違う生暖かいひとしずくが伝った、その時だった。
「お前は本を読まないのか?」
誰もいないはずの隣の空間から、私に向かって話しかけてくる声が聞こえたのは。
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