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「貴殿をこの地、コーヒー農園守護天使に命ずる」
悪魔 エルサルバドル パルプト ブルボン その名前は天使時代の職務に由来する。
当時天界では、天使たちが溢れ、数が増えすぎたために、その守護の役割は異常なまでに細分化されていた。
ある国の、コーヒー農園の守護天使。
エルサルバドルはその職務に精一杯力を入れた。祈りを聞き入れては雨を降らし、たまには災害を呼び込み人間たちの信仰心を操っては、人間界にこっそり降り立って自分の像を作らせ、見事な働きぶりを見せた。
信仰心の証として、祭壇には収穫の一部であるコーヒー豆を捧げさせ、国はそのコーヒーによって大きく栄えた。
が、それも30年で飽きた。
「暇だ」
学生時代にバイトした、天界りんご園の管理の方がまだマシだった。あの頃はリンゴを狙いにくる神鳥、人間界からくる英雄、地獄からの使い魔蛇、それらを片っ端から追い払っては、時に天罰を下し、時に撲殺し、時に牢獄へ入れる。そんな時代が懐かしい。
そんなある日のことだった。
「エルサルバドルさま~」
地上から人間たちの祈りが聞こえる。
「お願いを聞いてくれずら~」
エルサルバドルは耳を済ましてその願いを聞いた。
「おらん家のコーヒーの木に、金がなりますように、農園の木が、朝起きたら金のなる木になっていますように」
「それが直接の原因というわけではなく、腐敗した天界にも原因はあったんですけどね、私はその時、悪魔になろう、そう決心したんですよ」
「なんと、絵に描いたような愚かさ」
ブロンコ氏も、うんと頷いた。ちょうどそこに、新しいコーヒーが届いた。
「でも、堕天するには追放されないと無理ですからね、そう思って、即行動したんですよ」
「思い切りいいんだね。で、黄金の果実を食べに行ったのね」
「まあ、バイトしてたんで、場所もセキュリティも、全部把握してましたし」
「うん、なんていうか、悪魔の素質あったんだね」
「特別警戒警報!被疑者を確保せよ!」
「天使兵!包囲網を巡らせろ!AからGだ!」
天界は大騒ぎになった。
天界の果樹園の奥には100年にひとつ実をつけるリンゴの木がある。それは黄金の果実と呼ばれ、最高神含む12柱と呼ばれる最高位天使のみが食べることを許されている、天界でも滅多にお目にかかれない代物であった。
それを全てもぎ取り、片っ端から食べ尽くし、取り押さえにいった天使を、次から次へと樹木の幹で叩きのめしている奴がいる。それは同族の天使らしい。
そんな報告が最高神ユピテルの元に届いた。
「いったい、どこのどいつじゃ、その阿呆は!!」
天界に轟音が鳴り響き、雷が落ちる。玉座の間では、白金に輝く鎧に身を包んだ男が、怒りに震えていた。
「ユピテル様、畏れ多くも申し上げます、貴方様の第6667番目のご子息であらせられる、エルサルバドル様でございます」
「知らぬわ!直ちに捉え其奴の首を、、、え?ちょっとまって、わしそんなにいっぱい子供いるの?」
「現在の天使飽和状態に関する報告が先週あったばかりですが、その主な原因として、ユピテル様が愛人との子供作りすぎ、という結論に至り、ユピテル様自身、書面に合意のサインをしております」
「・・・ちょっとまって。うーんと、わし、ちょっとお腹痛いかも」
「この謀反者、どうなさいますか」
「マルスとミネルヴァに任せる、お腹痛い」
ユピテルはイテテとお腹を押さえながら宮殿の奧へ引っ込むと、直ちに伝令が各部署へ伝えられ〈争いと戦争の守護天使〉マルスと〈知恵と戦いの守護天使〉ミネルヴァに全権が委任された。
果樹園では、天使たちが幾重にも包囲し、その中央で暴れるエルサルバドルの姿があった。その顔は活き活きとしていた。そこへ天界12柱のうちの2柱、マルスとミネルヴァが現れた。
「オラァ!弱き下級天使兵共、そこをどけぇ!このマルス様が奴を捉えるっ!!」
「ちょっと待ちなさいマルス!私が取り押さえるって言ったじゃない」
マルスとミネルヴァは、仲が悪かった。
「うわっ出た、マルス様だ」
「みんな、マルス様が来たぞ」
おまけに、マルスは天界のみんなから陰で嫌われていた。そこそこのイケメンだったから。
「黄金の果実を食べるバカ野郎がいるとはな、その愚かさ、身を以て味わうがいい!」
マルスの剣は、空間ごと斜めにその周囲すべてを切り裂いた。ザンッと袈裟斬りにされた塊が地面に落ちる。その音は一拍遅れて耳に届いた。
地面に落ちた塊、それは黄金の果実をつける樹木の枝枝だった。
「・・・」
エルサルバドルは伏せていた身体を起き上がらせ、黙って、その枝と、マルスとを交互に見つめた。
「き、貴様ぁぁ!よくも!」
「いえ、ちょっと待ってください、今のは明らかにマルス様に非がありますよ」
「バカマルスはどいてなさい!そんな宝剣振り回すからいけないのよ!」
ミネルヴァが翼を羽ばたかせて降りてくる。
「う、うるさいぞっ!お前までやめてくれ!俺じゃない!俺がやったんじゃないんだ!」
「ほんとバカね!どう見てもあなたが切ったんじゃないの!」
「あいつが避けるから!」
「避けようが避けまいが、その剣じゃどっちにしろ切れちゃってるわよ!もう、さっさとどきなさい!」
ミネルヴァは手に持った盾を正面へ構え、片手には短めの剣を構えた。
「さあ、どこからでもかかってきなさい!この暴れん坊天使!」
しかし、エルサルバドルは、先程マルスが切り崩した樹林の陰に隠れて、姿を見せない。
「どうしたの?私が怖いのかしら、コーヒー農園の坊や」
しかし、反応はない。
「どうやら、私の強さに怖じ気づいて、こっちを見ることすらできないようね!」
明らかに、ミネルヴァの持っている盾は物々しく、正面には天使に似つかわしくない怪物の顔模様が付いていた。
「えーと、このバカ!じゃなくて、んー」
ミネルヴァは言葉の語彙に乏しく、挑発が下手だった。エルサルバドルは姿を現さない、姿を現さなければ、この〈相手を石化させる盾〉も効力を発揮しない。そんな時、ミネルヴァに起死回生の文句が浮かんだ。
「やーいやーい、お前の父ちゃん最高神」
ガサッと茂みが動いた
そこね!
咄嗟にミネルヴァが標的に盾を向ける!そこには、エルサルバドルが天使魔法で作り出した巨大な(過度に荘厳な装飾の施された)姿見があった。そして、それに盾を構える守護天使の姿がうつっている。
「なっ!なん、で・・・」
ミネルヴァの体が麻痺し、倒れこむ。
マルスが慌てて駆け寄る。
「おいバカ!お前が石化しちまったら意味ねーだろうが!」
「マ・・・ルス」
ミネルヴァの指がマルスの頬に触れようと動く。
「男勝りなお前のおっぱいが固くなっちまったら、微乳好きのファンを、じゃなくて、唯一残っているお前の女性らしさも失うぞ」
ミネルヴァは最後の力を振り絞り、マルスの股間を蹴り上げると、怒りに満ちた表情のまま動かなくなった。マルスは内股の姿勢で、苦悶の表情を浮かべて、ミネルヴァをそっと抱きかかえると宮殿まで戻っていった。
「貴様!これで勝ったと思うなよ!」
飛び去るマルスの後ろ姿、そしてまた、どこからともなく沸いてきた天使兵がわらわらと取り囲んでくる。エルサルバドルは思った。
早く堕天させてくれ。と。
※※※
一方、同時刻、天界アカデミー第2講堂の光景。
「歴史は勝者によって作られる、では、歴史に変化をもたらす者とは?」
「先生、わかりません」
「くわせ者、です」
「先生!くわせ者がわかりません」
「うそつき、のことです」
天界アカデミーの広い講堂で、1人の男が小さな天使達に教えを説いている。
〈平和と調和の守護天使〉またの名を〈停滞と強制を司る悪魔〉
ヌワラエリア O・フラワリー ペコ
「一般に嘘とは欺くことであり、事実ではないことであり、意図的なことです。さて、嘘とは悪い事でしょうか?時に噓よりも真実のほうが残酷で、傷つくことがあります。この世の全ての者が真実のみで会話をした場合、どうなると思いますか?では、野ウサギが冬に体毛を白くし、雪に隠れる行為〈擬態〉は、噓なのでしょうか「ヌワラエリアせんせーい!!!」
パリーン!!
講義の途中で、少年天使が大慌てで窓をぶち破って入ってきた。
「大きな抗争から、小さないさかい、それに意見の食い違い、それらは平行線上のものを交わらせるための大きな要素が「黄金のリンゴです!先生!たいへんなんです!何事もなかったかのように続けないでください!」
「なに、禁断の果実が?なにがあった!」
ヌワラエリアは、手に持った書物を置くと、少年天使の方へ向きなおる。
少年天使とヌワラエリアの間にいた天使達が、スッと避けて道を作る。すると、なんと、驚くべきことが明らかになった。
ヌワラエリアは全裸だった。
というより、その空間には裸しかいなかった。
小さな天使達は裸でもおかしくはなかったのだ。いわゆる〈絵画の天使像〉がそもそも、このヌワラエリアの門下生達だったからだ。彼を先生と仰ぐ幼い天使達は、ヌワラエリアを尊敬し、裸を貫いていた。
「最高神の6667番目の子が果樹園の禁域で暴れまわっているようです!名を、エルサルバドルと言い、マルス様とミネルヴァ様がやられました!」
「なに?マルス様とミネルヴァ様が。まぁ彼らの宝具は天使界では有名でしたから、手を打たれんでしょう。それにしても、最高位天使を相手にして撃退するとは、ただの天使じゃないですね。で、その後は?」
「天使兵達が包囲しているとのことですが、手立てがありません」
「そうか、では天使兵達に矢を放たせて、これから私がいう場所まで誘導しなさい」
ヌワラエリアの表情に悪魔の微笑みが浮かぶ。
「ついに、計画を実行に移す時がきた」
※※※
それにしても、とエルサルバドルは思った。
彼は矢の雨を逃れ果樹園を走り、天使からの追撃を振り払っては、陰から陰へ身を隠し移動した。
(悪さをした者は堕天するんじゃなかったのか?いい加減、戦ってばかりもいられないぞ)
逃げながら天使と攻防を繰り返して、追っ手を撒くと、いつのまにか近くに一軒の豪邸がある事に気がついた。近寄って窓から室内を覗く。
物音がしない。留守だろうか、いや、考えている暇などない。
エルサルバドルは、魔法で正門の鍵を無理やり解除した。
ガキン!と音がした。それは解除したはずの鍵が再度施錠した音だった。
「あら、どちら様?天界で錠破りなんてする子は」
インターホンから声が聞こえる。その声が聞こえたかと思うと、正門はゆっくりと開いた。
「あがってらっしゃい」
玄関から現れたのはショートカットヘアのムチムチ系若妻として天使界でも人気も高い、最高神の妻、ユノであった。
白のドレスは、その胸元と背中とがザックリと開き、角度によってはポロリじゃないかという期待を抱かせる。その放つ強烈な色気は、悪魔をも虜にするという。
(なんだ、なにか危険だ、なぜ招き入れる?きっと罠だ。危険だが・・・)
エルサルバドルは心にひっかかりを感じつつも、玄関をくぐった。
ユノの家
最高神ユピテルは浮気ばかりしていたが、正妻がいる。その名はユノ。
「フッフッフ♪」
彼女は巨大な鎌を研いでいた。
数分前に、天使の伝令(全裸)から、伝言が届いた「次に家を訪ねてくるものが、ガイアの大ガマを最も正しく使うことが出来る者です」とのことだった。
ユノは、全裸天使のことは好きではなかったが、彼の常識はないが良識はあるという点をユノは評価している。
「んー、なにかお茶でも用意しておこうかしら」
そう言って、ユノは鎌を研ぐ。
彼女のキッチンには、シャ、シャ、という音だけがしている。
すると、ガキンという正門の方で魔法防犯システムが作動する音が聞こえる。何者かが無理やり開錠しようとしたのだ。
「あら、思ったよりはやいのね」
ユノはインターホンを押し、その侵入者を招き入れた。
「いらっしゃい、紅茶はお好きかしら」
テーブルの上にポットとカップが置かれる。
「いえ、お構いなく」
(この子が禁断の果実を食べた天使、そしてあの人の子、ねえ)
ユノの嫉妬心が、メラメラと燃え上がる、が、それを抑える。
「あなた、名前はなあに」
「エルサルバドルと申します」
「あら、つい先刻、禁断の果実を食べたっていう」
「はい、私は天界のタブーを侵しました。しかし、いっこうに堕天しないので、困り果てている次第です」
ユノは笑った。嘲りの笑いだ。
「あの果実を食べたら、堕天じゃなくて禁固刑だわ」
「え!?」
「でも、堕天する方法もあるのよ、そしてそれは、あなたにしかできない事で、きっと、あなたはそうするわ」
ユノはまた笑った。クスクスと。
〈ガイアの大鎌〉は、天界史では全能神ユピテルを生み出した鎌だと言われている。機械神エキスマキナの魂を刈り取り、機械文明を終わらせた。
その後、冥界で管理・研究され、その技術を転用したのが死神の鎌であるが、訳あって現在はユノが所有していた。
「これで、あの人・・・ユピテルの股間を切り落としてちょうだい。堕天はユピテルの怒りをかってのみ可能なのよ。でもね、あの人は自分の子はなかなか堕天させないのよ」
「と、いうことは」
「堕天するにはそれ以外方法はない。逆に言えば、そんなことをすれば必ず堕天する、それが嫌で、誰もこの仕事を成し遂げられなかったのよ」
「理屈はわかりました。しかし、最高神のところまでこの大鎌を持ったまま近づけるかどうか、それが難しくありませんか」
「そんなものは簡単よ、そういうのが得意な天使がいるのよ」
エルサルバドルは少し考えて、答える。
「コーヒー豆の収穫には鎌は使いませんが、やってみましょう」
***
「お前はこの俺が捕まえたかったんだがな、まあ仕方ない」
「・・・・」
エルサルバドルは両手を拘束され、マルスの後ろをついて行く。
「よし、ついたぞ、さあ」
「ユピテル様、このマルス、謀反天使エルサルバドルを捕まえてまいりました。そしてこの鎌が
天界にて暴れまわった者の武器であります」
「うむ、ご苦労であったああああああ?それはガイアの大ガマ!どうしてそんなものがここに!貴様!それをどこで手に入れた」
エルサルバドルは、さっとマルスを見る
「イヤイヤ、俺じゃないっしょ」
「マルス、どうなんだ、はっきりせんか」
「ちょっと待ってくださいよー」
エルサルバドルは、マルスが釈明のために鎌を背に戻し、身振りを交えて言い訳するところを見逃さなかった、その鎌の刃でさっと手首に巻かれた魔法拘束具を断ち切ると同時にマルスからそのガイアの大鎌を盗み取り、身を翻し回転してその体重を乗せて宮殿一帯を横に断ち切った。
もちろん、ユピテルの下半身ごと切断するつもりで。
「わーあぶないあぶない」
「っっしゃーーっぶねー」
ユピテルとマルスが反応し逃れた時には、エルサルバドルは魔法による分身を作り出していた。そして、宮殿が音を立てて崩れた。大鎌を手に持った分身は幾重にも重なり合って、焦点が合わない。それが一斉に最高神ユピテルめがけて突進する。
「ちょっとちょっと、タイム、ターイム」
ユピテルがそう言って手をT字にかざすと、時間が止まった。エルサルバドルも、マルスも、崩れかけた宮殿も、無音の世界に固定される。
「危なかったあ、ほんとなんでこんなものが天界にあるんじゃ、冥界へ封印しとったはじゃずじゃが、まあよい、むう」
最高神が周囲を見渡すと、分身によって増殖した反逆者がこちらへ向かって突進してきている。
「これじゃ本体かわからんじゃないか、この分身のもつ鎌を一本一本回収するのも時間がないし、そうじゃな」
ユピテルは力を込めて、指先をエルサルバドルに向け、魔法を放った。
そして時間が動き出す。
エルサルバドルとその分身たちは翼を失い、天使の輪が消えて、ずぶずぶと地面に沈んでいく。
「残念じゃったのう、わしの首を狙うには、なかなかいい武器のチョイスじゃったぞ。頑張ったのう、努力賞じゃ」
そう言ってヒョイと鎌を取り上げると、その大鎌はフワッと消えて、ただの棒切れになった。
「なんじゃと!?」
その時、天井から落下する堕天使エルサルバドルの姿があった。宮殿を切断した直後、その崩壊が始まると同時に、本体は天井裏へと姿を隠していたのだった。彼は最高神ユピテルの背後に落下し、その床面近くに来た時に体を横にひねって仰向けになった。
ユピテルから見れば、突然、鎌の刃が地面から生えてきた。というふうに映っただろう。
エルサルバドルは落下しながらユピテルの股にむけ鎌を振り上げて、その突起を、刈り取った。
「ああああああーーーーーーーーーあ!!!!!!!」
その絶叫は天界に、地上に、果ては地獄の底にまで響き渡ったという。
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