1-9

1/1
前へ
/56ページ
次へ

1-9

 爽やかな風が心地良い五月。日射しが(まぶ)しくなりはじめ、世界が鮮やかに生まれ変わる、木々の緑がとても美しい時季だ。  佳くんは四月に入ると、また夏に会おうねと口にして、笑顔で東京へと帰っていった。それでもLINEで簡単に連絡が取れるので、それほど寂しいとは感じなかった。 「で? 最近はどうなってんの?」 「え? 何が?」  高校時代に知り合った親友の愛実(まなみ)が、周りを(うかが)いつつ(ささや)くように話しかけてきた。  今はバイトの休憩中だ。休憩は交代で取ることになっている。平日である今日のこの時間は、愛実と私の二人しか居ないようだった。 「ほら、東京の」 「ああ、うん。LINEは結構してるよ」  愛実とは何でも話し合える仲だ。  愛実は口が堅いので、相談事や心配事などは、彼女にだけは必ず伝えていた。  今回の佳くんとの件は何となく言ったことだったけれど、彼女はとても興味を示したのだ。 「そういうの、いいよねぇ。出逢い方が恋愛ドラマとか少女漫画みたいだもん。しかも名前の響きが同じとか、もう、運命じゃん! あたしも素敵な出逢いがしたいよぉ……」  愛実は栗色の長い髪を指に巻き付けながら、うっとりとしたような表情で言った。 「ね、写真とかないの?」 「写真はないなぁ。私、自分が写真に写るの苦手でしょう? だから自分からも()らないし」 「だよねぇ……」  残念、と言って、彼女は自分のお茶をぐいっと飲んでお菓子をつまんだ。 「っていうか、私の彼氏じゃないしさ」 「まあね、螢には自転車屋さんの幼馴染みくんがいるしね?」 「俊太はただの幼馴染みだってば。それ以上でもそれ以下でもないよ」  愛実は俊太を一度だけ見かけたことがあるのだ。  その日は天気予報が大ハズレをして豪雨になってしまった。  彼は雨具を持っていなかった私を、母に頼まれたのだと言って、車で迎えに来てくれていたのだ。  田舎では車に乗れなければ生活がしにくいため、私も運転免許は持っている。  しかしバイト先は私の自宅から近い場所にあるので、交通費は貰わずに自転車で通勤しているのだ。  愛実は俊太を見て大興奮したらしく、その日の夜は、携帯を充電しながら愛実と通話したのを覚えている。  確かに俊太は、顔は悪くないと思う。  体格は普通だけれど、身長がやや高めなせいか少し目立つのだ。  サラサラした黒髪の短髪がよく似合っていて、女性に騒がれてもおかしくないだろう。 「で、螢はどっちがタイプなの?」
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加