1-1

1/1
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/56ページ

1-1

 春休みが明けたら大学二年生になる。  今日はアルバイトが朝から午後三時まで入っていた。まだ早い時間だし、いつもの場所へ寄っていこうか。  ふと空を見上げると、空模様が少し怪しい。春雷が来るかもしれない。私は自転車のペダルを強く踏みしめた。  バイト先の制服のブラウスに薄手のカーディガンだけでは、今日は少し寒かったみたいだ。三月の服装は考えるのが難しい。  田舎の公道から外れて横道(よこみち)へ入る。この時季(じき)はここの桜並木が本当に綺麗で、天気が良ければゆっくりと歩きたいところだ。  ドォーン……。  遠雷だ。私は更に自転車のスピードを上げる。  桜並木を抜け、狭い踏み切りを渡ると、周りが田んぼばかりの住宅地へ入る。そこからまた横道へ入って真っ直ぐ走った。  その間、風は徐々に強くなり、空は黒い雲に(おお)われていく。 「これはマジでやばいやつ!」  やがて大粒の雨が、身体(からだ)(じゅう)を叩くように降ってきた。本降りになる前に辿(たど)り着かなければ。  私は足がパンパンになりそうな勢いでペダルを()いだ。今日はデニムのパンツを穿()いていたけれど、もし今のスピードで転んでしまったら、結構な怪我(けが)をすると思う。  目的地に着くと自転車を乱暴に()めた。今は自転車が倒れてしまっても気にしない。  私はバッグを引っ(つか)むと、いつものプレハブ小屋へと走った。  プレハブ小屋の裏から表へと回り込むと、入り口のドアの前に、若い男性が立っていた。本らしき物を読んでいた彼の視線が、すっとこちらへ向けられる。  そして――、 「あ、お帰り」  え――?  自分に向けられた眼差(まなざ)しに、どきりとしてしまった。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!