2-16

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 あれは、私がまだ小学校の低学年の頃だった。  母が友人からミュージカルのチケットを買ってきたのだ。付き合いで仕方なく、と父に話していたのを聞いた記憶がある。  私は母に連れられて、そのミュージカルを観に行った。  それまで子供のお遊戯会しか観たことのなかった私には、かなりの衝撃だった。  芝居をしている役者の声も歌声も、激しく空気を震わせて私の感性を刺激した。  滑らかな動きで迫力のあるダンスにも魅せられた。  役者たちの笑顔がとても楽しそうで、眩しかった。  自分もいつか、あんなふうに――。 「そうか。そんな素敵な体験をしたんだね」 「うん」 「応援するよ。叶うといいね」  佳くんの優しい微笑みに、何となく照れてしまった。 「な、なんか、今日も暑いよね! 早く食べて中に戻ろう!」 「そうだね。あ、飴もどう? よかったら食後に舐めてよ」  佳くんが自分のバッグから飴の袋を引っ張り出した時、逆さまに取り出されてしまったのか、個装されている飴が、ばらばらと地面に落ちてしまった。 「「あっ!!」」  私たちが同時に手を伸ばし―― 「あ、ごめん」  咄嗟(とっさ)に謝ってしまったけれど、相手の手を掴むように触れてしまったのは、佳くんの方だった。 「……!」  佳くんを見ると、彼の顔がみるみる真っ赤に染まっていく。 「どうしたの? 佳くん」  え? え? 何? 「手、ごめんね」  彼は平静を装っているように見えた。  視線はこちらに合わせない。  これは、こちらも普通にしていた方がいいのだろうか。  飴玉を持っているとはいえ、人の唇には平気で触れてくるくせに。  こんな、手が触れたくらいで真っ赤になるなんて。  私は何だか悔しくなって、佳くんのほっぺたを人差し指で突っついた。 「どうしたの? 顔が赤いよ。熱中症?」  すると佳くんが驚いたように私の手を掴んでこちらを見た。  意外にも大きな手の感覚に、こちらの心拍数も少し上がる。  掴まれた手は、すぐに離されてしまった。  二人の視線が重なり合ってとまる。  彼の真っ直ぐな眼差しには、戸惑いの色が浮かんでいた。 「……」  佳くんは無言のまま視線を逸らし、再び黙々と飴を拾い始めた。  な、何よ。何か言ってよ。  この日、私たちは少しだけぎこちない雰囲気のまま午後を過ごし、帰宅した。
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