2・彼は恋愛小説家

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頬には彼に触れられた時の手の(ぬく)もりが,リップも何も塗っていない(くちびる)には,さっき(かさ)ねられた彼の唇の感触がまだ残っている。――それこそ,美優が裕一と恋愛関係になったという,最大の証である。 「――っていうか,家に入ろ。みんな待ってるのに,何してんだあたしは!」 玄関先で,(ほう)けている場合じゃなかった。 腕時計を確かめると,もう七時前だ。父ももうとっくに帰って来ていて,母と春奈と三人で首を長くして,美優の帰りを今か今かと待っているのだろうか。 「ただいまー!(おそ)くなってゴメン!」 「遅い!」と怒られるのを覚悟で,思いきって玄関ドアを開けると,待っていたのは仏頂面……ではなく,なぜかニンマリ顔で玄関に立っている父。美優は拍子(ひょうし)抜けというより,呆気(あっけ)に取られた。 「……お父さん,何ニヤニヤしてんの?」 「お帰り,美優。――今日,例の婚活相手の男と会ってきたんだろ?」 「えっ?……う,うん。そうだけど」 父が発した「会ってきた」という言葉から微妙なニュアンスを感じ取った美優は,思わずたじろぐ。彼とキスしたことを思い出しただけで,体が熱くなった。
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