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九日
静かだ。
この幻聴生活も、やっと終止符を打ったらしい。
これでやっと、したかったことに集中できる。
…したかったことなんて、あるのか?
『太え野郎だぜ』
「…消えてなかったのか」
以前もらったカレンダー塗り絵に熱中していると、呆れたような声が聞こえてくる。
『そっちこそ、やっと俺様と喋る気になったか』
「お前が嫌がらせし始めたからだろ」
色鉛筆の赤を手に取る。
芯を紙に当てて、はみ出ないように丁寧に塗っていく。赤の次は、やはり青だろうか。鯉のぼりだしね。
「それに、もうすぐ死ぬやつが独り言してても、誰も気にしないよ」
一晩明けて、俺の心は凪の波打ち際のように静まっていた。
隣を見るとなんの変哲もない、いや少し育ちすぎの、鉢植えがある。
それを若干窓際側へずらしてやる。
「お前、外の世界が見たくなったりしないの?俺がいつでも連れてってあげるよ」
『…気色悪ッ!冗談はテメーの性器だけで充分だ』
急にオクターブ跳ね上がったしゃがれ声を耳にして思う。
見えていたのか。
『………まあ、その、ゴメンナ。昨日は…』
その後少しばかり沈黙が続く。
ぽつりと発された声は、少し塩辛い気を帯びていた。
よく考えたら、コイツは産まれて日が浅い。
一丁前に言葉を話しているが、赤ちゃんとなんら変わりがないのかもしれない。
「あー…いいよ。怖かったよね。虫」
言葉と一緒に、肩の力も抜けた。
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