プロローグにて花束を

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プロローグにて花束を

 淡く踊る月が見えた。  ゆらゆらと浮かぶそれは幻想的で、現実的には見えないくせに自分だけが現実感があった。だからこそ、夜を歩く自分自身は、幻想的に思えずにそこだけが現実味を帯びていく…。   とまあ、詩的に表現をしながら、ただ歩いているところだ。   今夜で会う約束をしている後輩は、こういう夜こそ誰かと炭酸飲料を飲みあうのが風情があるといっていたが、別に炭酸飲料でなくてもそんな気分にはなるだろう。夜に酔うのと、それに酔うのはどちらも似たようなものだ。  駐車場にぽつりと置かれた自販機で、彼女が好きだといった飲み物を二つ購入した。両手に花では無く、冷たい感覚だけをはっきりとさせ、現実味を鮮明に感じる。蒸し暑い夜に合うだろうそれらは彼女への差し入れだ。彼女がいるその場所は、涼しいとは言い難いであろうと気をきかせ、ついでに彼女に言われた雑誌を複数持って、俺は山道のような主要道を歩く。  歩き終えると、鉄格子が印象的なそれが見える。  そこにあったのは、遊園地と書かれて、しかしその名前は何か錆びたように消えている看板。そして、鉄格子のそれは、重々しい扉。廃墟と言っても過言ではないほどに寂れたそれは、昔ながらの遊園地の残骸だ。跡地というほどに綺麗に取り壊されたわけでもなく、いまだに壊される様子もない。これが、彼女の家であり、彼女の存在意義である。  俺はそんな重そうな扉に鍵を差し込んだ。重々しい扉の一部を開け、そして手放すとひとりでに戸が閉まる。扉とは反対に、綺麗に磨かれている鍵をポケットに入れ直した。落ちぶれたアトラクションや受付やらを通って、俺は一つの遊具の前に足を止める。  それは立派でどこかくたびれた様子のある観覧車だった。  観覧車は他の遊具と違い。他の設備と違い。いまだ確かに動いていた。断水され、電気も通っていないであろうに、ひとりでにそれは在った。人の力で動いていない。この遊園地の中で、この観覧車だけが特別であり、この観覧車だけが電力を供給されているわけでもない。これはたしかに特別だが、人為的な特別ではなく。この観覧車はそういう性質であるだけだ。  この世には不思議なことがあり、それを取り巻く人々が陰で暗躍しており、そして何より、それを知っている時点で、俺もその一人であることを知っている一個人としては、そんなことよりも気になることがあった。  「…誰か来たのか?」  その観覧車の脇にある個室。普段スタッフなどが操作などをするであろう場所に、何か花束のようなものがあった。それは一週間前に来た時には、見られないモノである。宛先には、琥珀と表記が書かれている。差出人は不明だ。彼女の関係者であることは判断が尽きないが、まあ、とりあえず確認をするために、彼女に見せようと花束の中にあるカードを取った。  観覧車が回る。  一つ他とは違うゴンドラが下りてくる。…俺はそれに迷わず乗った。  
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