第四話 虚構

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第四話 虚構

 達也は負傷した兵の様子を見て回っていた。これを治癒できる者は真希しかいなかった為に、負担となっていないかを確認する為でもあった。達也は治療する真希に歩み寄り、全員の容態を確かめた。 「真希ちゃん、お疲れ様。負傷者の具合はどう?」 「全員軽傷。この程度なら大丈夫だよ」 「そっか。真希ちゃんの他に衛生官はいないんだよね?」 「そうね、あたしだけみたい。...お兄ちゃん、心配してくれてるの?」 「そりゃあそうさ。ヒーラーが真希ちゃんだけとなれば、この先の作戦内容にも考慮しないといけないからね。それに、あまり真希ちゃんに負担をかけないようにもしないといけないし」  真希はそれを聞いて、何故か目に涙を浮かべていた。 「...もう。ほんとに優しいね達也お兄ちゃん。あたしなら大丈夫だよ、見てて」  真希は負傷者の足に負った傷に包帯を巻き付けて、その上から手をかざした。 「緊急治療(アージェントヒール)!」  すると真希の手のひらに光が宿り、傷口の出血が一瞬にして止まった。その光景を見た瞬間だった。達也の脳内に、フューリーの声が鳴り響いた。 『新たにユニークスキル・(盗用(スティール))を習得しました。それと同時にスキル・緊急治療(アージェントヒール)を使用することが出来ます』 「...はぁ?!ちょっ、ちゃんと説明してくれフューリー!」 「?? 達也お兄ちゃん、どうかしたの?」 「ごめん真希ちゃん、少し待ってね。おいフューリー、説明しろ!」 『盗用(スティール)とは、ランダムの確率で習得出来る貴重なユニークスキルです。その効果は、他者の持つスキルエフェクトを実際に”見る”事によって、自らのスキルとして使用することができるものとなります』 「...えーとつまり、今俺は真希ちゃんのヒールを見たから、それを盗んだという解釈でいいのかい?」 『その通りです、須藤様』 「なるほど、分かった。...真希ちゃん、俺も治療を手伝うよ。他の負傷者を見せてくれるかな?」 「え? う、うん別にいいけど」  そうして真希の横に並ぶ負傷者のうち、上腕に傷を負っている者の元に二人は片膝をついた。達也は腰に付けた救急セットの中から包帯を取り出し、不慣れながらもそれを巻き付けながら、やつれた中年の負傷者に声をかけた。 「大丈夫かい?痛む?」 「...へへ、ジオーブ隊長、このくらい屁でもありませんや」 「ここでは須藤隊長だよ。君の名前は?」 「..御子柴 廉(みこしば れん)と言いやす。ティアーズ・イン・ザ・ムーンの中では、デスサイズってキャラ名で狙撃手をやっていた者でさあ。まさかここへ来て本物のジオーブを見ることができるなんて、光栄でやんすよ」 「死の大鎌(デスサイズ)...君があのデスサイズだって?!」 「へへ、覚えていてくれたんですかい?嬉しいですよ」  その名は達也の中に深く刻まれていた。連合軍第四大隊狙撃兵。2.5キロ先の敵を仕留めたと言う事でその勇名を馳せた、連合軍随一とも言われる凄腕のスナイパーだ。達也の胸に、熱いものが込み上げてきた。 「...まさかこんな所で会えるなんてね。それよりもまずは止血だ。さ、傷を見せて」 「はい...」  真希からスキルを盗んだ影響だろうか。達也がその傷口に向けて凝視すると、体内の映像がまるでCTスキャンのように視界に映し出された。達也はそれを見て、傷を負った隊員の腕を上下に動かす。 「...弾は貫通している。上腕骨及び鎖骨にも影響はない。これで合っているね?真希ちゃん」 「うそ...お兄ちゃん、見えるの?」 「ああ。これから止血をする。御子柴隊員、体の力を抜いて、リラックスして」  達也は巻き付けた包帯の上に手をかざし、目を瞑った。 「緊急治療(アージェントヒール)!」  達也の手のひらが(ボウッ)と光り、その下にある傷口がみるみるうちに癒えていった。真希を含め、周囲で見守っていたアキラや他の隊員達も思わず息を飲む。  御子柴は狐に摘まれたような表情で上体を起こした。達也は心配そうに御子柴の顔色を伺う。 「まだ痛むなら、真希衛生官に頼むけど...具合はどう?」 「...いや、問題ねえです。ヒールを使える三等陸佐なんて、聞いたこともありやせんぜ?」 「ハハ...何か、覚えちゃったみたい」  それを見ていた周りの隊員たちから、再度歓声が沸き起こった。 「すげえ!」 「これってユニークスキルだよな?!」 「盗用(スティール)だろ?さっき戦闘中に見せた次元移動(ディメンジョナルムーブ)と言い、まだ序盤だってのに2つも...」 「こいつぁ頼りになるぜ!」 「さすがジオーブ隊長!!」  はしゃぐ隊員達に笑顔を返し、達也は引き続き真希と共に負傷者の治療に当たった。そして全員が完治し立ち上がると、アキラと高部が報告に来た。 「隊長、弾薬のシェア完了しました」 「点呼完了、脱落者なし。全員無事であります!」 「よろしい!部隊再編の後に出発できるよう準備を頼む」 『了解!』  達也は不破連隊長に報告しようと後ろを振り返ったが、不破は自分のすぐ真後ろに立っていた。勢い余ってぶつかりそうになるのを堪えて、すぐさま敬礼を返した。 「連隊長、負傷者の治療及び隊員達全員の点呼完了。弾薬補給も済んでおりますので、すぐに出発出来ます!」 「ご苦労!...達也三佐、君はさっきヒールを使っていたな?」 「ハッ、盗用(スティール)というユニークスキルを習得した模様です」 「そうか。....クク、面白い事になってきたな」  達也はその不穏な笑みを見て背筋に悪寒が走り、不破の顔色を伺った。 「あの....連隊長?」 「...いや、何でもない。それよりも、今倒した部隊から使えそうな物を回収するぞ。隊列を整え前進だ」 「了解、各班横隊を組め!周囲を警戒しつつ、前進!」  道路を目一杯使って横に広がり、敵の死体が倒れている地点まで歩を進めた。達也が空を見上げると、日の光が薄っすらと差してきている。左腕に巻かれたデジタル時計に目をやると、午前5時50分と表示されている。  かれこれ一時間近くも戦っていたのかと物思いに耽っていると、足元に(パシャッ)と水溜りを踏んだような感覚があった。それと同時に、焼けたシリコンのように生臭い臭気が鼻孔を突く。  達也は胸に差したL字型のサーチライトを点灯して地面を照らしたが、その光景を見て達也は凍りついた。他の隊員達も一斉にサーチライトを点灯して地面を照らし出す。  そこにあったのは、ミルクのように真っ白な血液で染まった地面だった。その上に横たわるのは、集中砲火により全身が弾け飛び、無残な姿となった敵兵の死体。砕けたボディアーマーの隙間からは臓物がはみ出ており、そこから白い血液が滴り落ちている。  いや、それは臓物ですらなかった。継ぎ目状のホースのような物でそれぞれが連結された、部位不明な人工臓器とも呼べる何か。それを見た達也の喉に苦いものが込み上げてきた。しかし背後で押し黙る隊員たちも同じ心境だろうと察し、達也は足元に転がる無数の死体を再度直視した。  どの死体も肌が青白く生気がない。その中に、銃撃で砕けたケブラーヘルメットをかぶる敵兵の死体を発見し、達也は銃口の先でそのヘルメットを脱がせた。 「!! ...こ、これは..」  ヘルメットの下にあるはずの頭部がなかったのである。厳密に言えば、後頭部がきれいにザックリと抉り取られていた。達也はその姿に見覚えがあった。そう、映画のログイン時に見たアキラと真希の姿に瓜二つだったのだ。  まるで白昼夢だった。達也は唐突に不安になり、自分の後ろに立つアキラと真希に目を向けた。彼らは間違いなくそこにいる。二人の顔を見て達也はホッと胸を撫で下ろしていた。とそこへ、不破が達也の右肩を掴んできた。 「どうした、死体を見るのは初めてか?」 「い、いえ...しかし連隊長、この敵兵は一体?」 「これはな、企業複合体が極秘で開発している兵器の一つだ。人造人間と言い換えてもいい。...その通称はバイオロイド。聞いたことはないか?」 「!! バイオロイドですって?!あの噂にしか過ぎなかった兵器が、まさか実在していると?」 「そうだ。IFFを偽装するのも、元は同じ政府軍ならお手の物と言うわけだ。奴らの肌の色とぎこち無い動きを察知して、攻撃命令を出したって訳だよ。分かってもらえたかなぁタッちゃん?」 「え、ええ、まあ...」  それを聞いて達也はたどたどしく返事を返しながら、冷静になろうと努めた。そう、これは映画だ。あんな都市伝説めいた兵器が実在するわけが無い。このシリコン臭が立ち込める死体も、飽くまで映画内の設定に過ぎないと自分を納得させた。  しかしその会話を背後で聞いていた隊員たちが、何故かざわつき始めた。 「なあ...こんな展開今まであったか?」 「知らねえよ、多分ここにいる全員初めてだろ?」 「まだ序盤だぞ?」 「てか、こいつら相手にしてたの俺達?」 「おかしいと思ったよ、道理で固かった訳だ...」 「隊長の指示がなけりゃ、危なかったぞこれ...」  隊員たちが囁き合っているのを見て、達也は彼らに質問した。 「みんな、どうした?」 「隊長...いえね、このバイオロイドってやつは本来なら、もっと後の局面になって出てくるはずなんです」 「それが、こんな序盤に出てくるなんて展開、誰も見た事も聞いたこともねえんですよ」 「思うに、この映画...と言うよりミッション自体がアップデートされたんじゃないかって」 「なるほどね。...アキラ君、真希ちゃん、経験者の視点から言って、君達はどう思う?」 「どうもこうも須藤兄さん、俺が一番驚いてんだ」 「そうだね。達也お兄ちゃんのSK指示がなかったら、火力不足で間違いなくみんな全滅してたと思うよ。そのくらいの相手」 「...んー、つまりもう、なりふり構ってられない展開って事か」 「そゆこと」  達也と隊員達が話し合っているところへ、不破が口を挟んできた。 「おい、全員どうした。さっさと弾薬を回収しろ。先に進むぞ」 「了解!皆直ちに武器と弾薬、医療キットを回収、急げ!」 『ハッ!』  皆それぞれに自分の所有武器に合わせた弾薬やマガジンを回収していった。達也は白い血液に塗れた5.56mmのベルトパック弾をありったけバックパックに詰め込む。そうして部隊全員の弾薬はフル装備となった事を受け、達也は号令をかけた。 「各班横隊形のまま、警戒を怠るな。陸曹長、前進!」 「了解、各班警戒を厳に、前進!」  そして第一小隊はT字路に差し掛かり、渋谷税務署前に到着した。信号の斜向かいに、NHTV正門ゲートが立ちふさがる。格子状の門で、高さは6メートルほどあるだろうか。隊員たちは素早くゲート前に集合し、先頭に立っていた不破が門をチェックする。 「ロックされている。隊長、工兵を呼べ。爆破切断準備」 「了解。工兵前へ、ゲートブレイカー準備! 1班と6班はT字路左右を警戒!」 『ハッ!』  達也の指示に、隊員達は実に迅速に動いてくれた。工兵が粘土状のC4爆薬を設置している間、全員が周囲の警戒に当たった。円筒状の細いリモート式起爆剤をC4に差し込み、工兵が達也に向かって叫んだ。 「隊長、ゲートブレイカー設置完了!!」 「よろしい、曹長!全員門の前から退避」 「了解、これより発破を行う!退避!!全員門の前から退避ー!!」 隊員達が門の左右に散らばり、地面に身を伏せた。工兵が再度警告を促す。 「これよりC4を起爆するー!! 5、4、3、2、着弾、今!!」 ───ガオォオン!!!  恐るべき衝撃波と共に頑丈なゲートが木っ端微塵に吹き飛んだ。それを見た不破がインカムに向けて冷静に指示を飛ばす。 「よし、これよりNHTVの制圧に入る。各班は突入後、1階ロビーに集合。尚放送局員並びに一般市民への発砲は固く禁ずる。繰り返す、一般市民への発砲は固く禁ずる! 速やかに局員を拘束せよ。理解したな?」 「1班了解」 「2班了解」 「3班了解」 「4班了解」 「5班了解」 「6班了解」 「よろしい。全隊突入!!」  不破の掛け声と同時に、隊員達は無言で突入した。全方位を警戒しながら、摺り足でNHTVの正面玄関へと素早く進んでいく。その統率された特殊部隊さながらの動きに達也は舌を巻いた。さすがは歴戦の強者達である。  達也は最前列を進む不破の背後をカバーしながら、ミニミの照準を構えていた。そして正面玄関の自動ドアに差し掛かり、それが開くと一斉に隊員たちがなだれ込んだ。不破は受付に座った女性たち二人に銃口を向けた。 「ひぃっ!!!」 「両手を頭の上に乗せろ、電話に手を触れるな!...我々は自衛隊・決起軍である、大人しくしていれば危害は加えない。二人共席を立て」 「はっ、はいっ!!」 「陸曹長、彼らを拘束しろ」 「了解」  アキラはウエストポーチから結束バンドを取り出すと、女性たちの背後に回り込んだ。 「姉さん達、頭から手を下ろして後ろに組んでくれる?」 「こっ、こうですか?」 「そうそう、いい子ちゃん達だ」  アキラは手慣れた手付きで受付嬢の両手を縛りあげ、不破の横に立たせた。 「よろしい。彼らは無抵抗な一般市民だ、丁重に扱え。ここからはスピードが勝負だ。二人を監視に残して1班、2班は俺とともに中央主調整室の制圧、3、4班は北側スタジオだ。5、6班は東側セキュリティルームの掌握にかかれ。尚セキュリティルームへは曹長が同行しろ。達也三佐と高部二尉は俺に続け、いいな?」 『了解!』 「異常があれば逐一報告しろ。状況開始!!」  各班が一斉に別方向へ散開した。達也はミニミのバイポッドを折りたたみ、照準を構えたまま不破の背後について通路を突き進む。実に的確な指示だと達也は感心していた。先程見た不安な様相など見る影もない。そこには頼れる男・不破樹の大きな背中があった。  しばらく通路を突き進むと、正面に高さ2メートル程の分厚い防音ドアが目に入った。不破は躊躇なくドアノブを回し、主調整室内へと突入する。達也と隊員達もそれに続き、部屋の中へ一斉になだれ込んだ。 「動くな!!全員放送機器から手を離し、両手を頭の後ろに回してその場に跪け!今からこの設備は我々決起軍が徴収する!」  不破の有無を言わさぬ迫力に達也は目を回していたが、落ち着いて部屋の中をぐるりと見渡す。中にいたのは放送局員らしきポロシャツ姿の男たちが5人。  左側の壁面沿いには液晶ディスプレイ数十台がズラリと並び、その手前には高価そうな放送用のマトリックス・スイッチャーが設置されている。  間取りは20平方メートル程で、思ったよりも広い。右側壁面沿いには横長のソファーが置かれており、その上に一人の男が座っていた。不破の怒号を聞いても落ち着き払っており、指示に従おうとしなかった為、達也は仕方なくその男にミニミの銃口を向けた。 「聞こえなかったか?言うとおりにしろ」 「...やれやれ、随分とご挨拶だな。こっちはずっとあんた達を待ってたってのに」 「...何だと?」 「手を貸すって言ってるんですよ、決起軍の皆さん。ここの放送設備は自由に使ってくれて構わないって事です」  そこへ不破と隊員達が、拘束したエンジニア4人を連れてソファーの横に並ばせた。不破が指示を飛ばす。 「高部二尉、ここの機材とFC netを同期(シンク)出来るか?」 「可能です。今からセッティングに入ります」 「よろしい。須藤三佐何をしている!さっさとその男も拘束しろ」 「了解、後ろを向け!」 「はいはい」  男をソファーから立たせ、腕を後ろに組ませて結束バンドできつく縛った。その状態で放送局員5人をソファーに座らせる。不破はインカムに向けて確認した。 『こちら1、2班。コントロールルームの制圧完了。各班状況を知らせよ、送れ』 『ザザ・・こちら3、4班、スタジオ制圧完了』 『こちら陸曹長、セキュリティルーム掌握しました』 『よろしい、各班次の指示を待て』 『了解』  こうもあっさりと制圧できてしまった事に達也は拍子抜けだったが、抵抗がないに越した事はない。ヘタに抗われて発砲でもしようものなら、ペナルティを食らうのはこちらだからだ  野外通信システムを放送機器に接続し、しゃがんでPCを操作していた高部が後ろを振り返った。 「連隊長、だめです。衛星通信装置にパスコードロックがかかっています。送信所にアクセスできません」 「破れそうか?」 「やってはみますが、出来たとしてもかなり時間を食いそうですね」 (それなら俺が...)と達也が言おうとした時だった。背後のソファーに座っていた男が不意に立ち上がった。 「59E463B18DONHTV。これでアクセス出来ますよ」  それを聞いた不破は振り向きざまに男を睨みつけた。 「失礼だが、あなたは?」 「放送進行の監視員...あんた達流に言えば、放送局の機関長ってとこかな。この部屋を取り仕切っている者ですよ」 「....高部二尉、試してみろ」 「了解」  高部が素早くPCに入力してエンターキーを押すと、画面が切り替わった。 「連隊長、アクセス確認! これは...管理者権限です!FC netとのKU回線同期(シンク)、完了しました。これで都内に潜伏中の各部隊と連絡が取れます」 「よろしい!...ご協力感謝する。我々はあなた達を傷つけるつもりはない」 「八坂」 「ん?」 「私の名は八坂 武彦と言います。あんた達決起軍を陰ながら応援する者ですよ、連隊長さん。来てくれると思ってました」 「我々がここへ来る事を知っていたと?」 「いや何、勘ですがね?このNHTVを拠点にすれば、都内のどこにでもアクセスできる上に、通信インフラも整っている。私が指揮官でも、まずはここを制圧目標としていたでしょう」 「そいつは恐れ入ったな」 「...連隊長さん、良ければ私にも協力させてもらえませんかね?今の政権には私もはらわたが煮えくり返る思いなんですよ。それにここの設備を使いたければ、熟知している者がついていた方がいいでしょう?何かとお役に立てると思うんですがね?」 「八坂さん、だったかな?その件については後ほど検討しよう。高部二尉、第一空挺団及び第2から第6小隊に通達。我第一目標制圧に成功せり」 「了解!」 「2班はここに残って引き続き警戒。1班は拘束者を連れて2階大会議室に集合。達也三佐、他の班にも伝えろ」 「ハッ! こちら隊長、全員拘束者を連れて2階大会議室に集合、繰り返す...」  拘束者は放送局員・ニュースキャスター・警備員を含め53人。この戒厳令下に置いて律儀に仕事をこなすとは、さすがはNHTVである。拘束者全員を床に座らせると、不破は拘束を解くよう隊員達に指示した。手首に巻かれたビニタイを、手際よく次から次へとナイフで切り落としていく。  そして不破は、その場にいる者たち全員のスマホ及び携帯を没収した。こちらの状況が筒抜けになってもまずいと踏んだのであろう。全員の拘束が解けると、不破は最前列に立ち局員達を見渡した。 「皆さん、ご不便をおかけして申し訳ない!私は自衛隊決起軍連隊長・不破 樹一佐である!我々のミッションが達成されるまでの間、皆さんをここに軟禁させてもらう事となった!必要な物資は可能な限り用意させよう!今しばらくの間、我々と共にここへいて欲しい!」  それを聞いて局員達はざわつき始めた。その中から一際大きな声が会議場に響く。 「軟禁...って、これじゃまるで人質じゃないか!」 「そうだ!!政府との交渉材料に使う気だろう!」 「私達を家に返して!!」 「解放しろ!」 「自衛隊のくせにやり方が汚いぞ!!」 ───ダガガガガガァン!!!  密室の中に轟音が鳴り響き、その場にいた全員が凍りついた。天井に向けての一連射、それが彼なりの回答だった。達也は不破の顔色を伺う。ニタリと笑い、目が完全に座っていた。 「...あのさぁ、別に帰りたきゃ帰ってもいいよぉ? 但し車は使わせない。歩いて帰る度胸のあるやつだけ勝手に行けばぁ?  あと人質? 今の政府があんたらを人質認定すると本気で思ってんの? だとしたらおめでたいねー。俺らそんな期待してないっつーの。大体さあ、こんな戒厳令下で局に残って仕事してるあんた達も悪いんじゃないのぉ?違うかなあ、俺間違ってるかなぁ?」  不破のド迫力な脅迫じみた反論を受けて、局員たちの顔色が一斉に青ざめる。その狂気入り交じる目を見て尚、抗議しようと言う者は現れなかった。そこにいる皆が理解したはずだ。(この男は危険だ)と。 「分かってもらえたようだねぇ。安心しなよ、そんな長い事軟禁したりはしないから。1班はここに残り局員達の監視、3、4班は倉庫から食料等の備蓄品を探してくれ。タッちゃん、俺と一緒に1階へ戻るぞ」 『了解!』  階段を降り、二人は主調整室に戻ってきた。高部がヘッドセットマイクに向かって通信をしている最中だった。 「高部二尉、様子はどうだ?」 「ハッ、各部隊とも小競り合いがあったようですが、敵を退け脱落者もいない模様であります」 「原宿に控えさせていた補給部隊との連絡は?」 「こちらへ向かうよう指示を出しました。ETA(到着予想時刻)06:30(まるろくさんまる)」 「よろしい。達也三佐、補給部隊到着と同時に本拠点の管理を彼らに引き継ぐ。終わり次第第一小隊は青山通りを抜け、赤坂方面へと進軍を開始。尚そこまでの移動は補給部隊の輸送トラックを使用、いいな?」 「了解!」  そう言い終わると不破は大きく背伸びをし、オプション装備としてグレネードランチャー発射機を下部ピカティニーレールに装備した、M4カービンを壁に立てて(ドサッ)とソファーに腰を下ろした。 「いつまでも緊張してたら体が持たないぞタッちゃん。こっち座れよ」 「ハッ、失礼します」  達也はミニミを床に置くと、不破の隣のソファーにそっと腰を下ろした。不破の顔を見ると、いつになく機嫌の良さそうな表情をしている。 「補給部隊が来るまでは待ちの一手だ。まあ話でもしながらゆっくりしようぜ」 「はい、ありがとうございます」  不破樹と差しで話ができる、それだけで達也の胸は高鳴った。しかしいざこういう状況になると、思うように話題が浮かんでこない。それを察したのか、逆に不破が質問してきた。 「タッちゃんさぁ、何でこのミッションに参加しようと思ったわけ?」 「それは...」  果たして言っていいのだろうか。虚構の世界でNPCである彼に正直に話したところで、何の意味があるというのだろうか?しかし嘘は付きたくない。達也は向かい側の壁面に並んだ液晶ディスプレイを見つめながら、小さく溜息をついた。 「それは、この映画...いえ、長年謎だった本ミッションの謎を解き明かしたいと思ったからです」 「...クックッ、映画って言っていいんだぜタッちゃん。そう、これは映画だ。但し、誰もが楽しめる映画じゃない。それに謎、ねえ?一体何が謎だったんだい?」 「それはあなたが! …不破さんが、この映画の放映と同時に姿を消してしまった。いえあなただけじゃない、他にもこの映画を見たあとに、消息不明となってしまった者が数多くいる。彼らは一体どこへ消えてしまったのか、それが知りたくて俺は...」 「消息も何も、他の奴らのことは知らないが、俺は今タッちゃんの目の前にいるじゃないか」 「いえ、ですから!映画の中に存在するあなたは、恐らくただのNPCだ。この世界であなたは存在するが、俺のいる現実世界ではあなたはいない。不破さん、教えてください、俺はあなたの大ファンなんです。不破さんは、現実世界でも無事なのでしょうか?」 「よく分からんことを言うな君は。俺は今ここに生きている。それだけじゃ不満か?」 「いえ、不満というわけでは...」 「ならいい、この話はもう終わりだ。何やら禅問答になりそうだからな、ハッハッ!」 「妙なことを聞いて、申し訳ありません」 「いいってことよ。そろそろ補給部隊が到着する頃だ。準備を怠るなよ」 「ハッ!」  不破は、この世界が映画だと言う事を自覚している。にも関わらず、現実世界のことに関してはまるで無頓着だ。これは一体何を指し示しているのか?新たな謎が浮かんでは消える。しかしそれも、この映画の行き着く先を見れば、答えがあるかもしれない。  貴重な話が聞けた。達也はそれでとりあえずは満足し、ソファーから立ち上がった。 ──────────────────────── ■用語解説 ヒーラー  VRMMO内での回復職に当たる。セルフ・ディフェンス・フォース内では、味方の負傷を治療できる衛生医官の事を指す。 緊急医療(アージェントヒール)  衛生医官が使用できる特殊スキルの一つで、味方の負傷を中程度回復できる効果を持つ。尚スキル使用の際には包帯等の媒介となる医療キットアイテムが必要となり、スキルの使用のみでは体力は回復しない。 盗用(スティール)  三等陸佐以上の者が稀に覚える事が出来るユニークスキルの一つ。このスキルを持つ者は、他者の使用するスキルを直接見る事により、そのスキルを自分のものとする事ができる。また覚えたスキルはオリジナルの使用者と同様に、反復使用する事によってレベルも上がり、強化も可能であるため、習得したスキル次第では非常に高火力なキャラクターを作成する事が可能である。 バイオロイド  数多ある企業複合体が凌ぎを削り開発していたと噂される、人造人間型極秘兵器。その存在を一般的に知る者はなく、一部の告発サイトでのみ開発が囁かれている程度の存在だった。その人口脳には高度なAIが組み込まれ、人間を遥かに超える反射速度と耐久力を持ち、主に宇宙開発産業に向けて進められていたとされるプロジェクトだが、その裏では各所で起こる内戦や暴動鎮圧の用途に向けても開発が進められているという情報も流されていた。セルフ・ディフェンス・フォース内で何故敵として現れたのか、今もって謎である。
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