はるのおと 其の五

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はるのおと 其の五

「かの子先生?こんな時間に、いったいどうしたの?」  仙台市青葉区柳町通り、大日如来堂前の寿司処「はる道」。親方と呼ばれる玄道昭三がこの店を構えて、九年になる。県北の海沿いの町生まれの玄道が、ここに店を構えた理由の一つが、この大日如来堂だ。ここは、未と申が守り本尊となっている。玄道の干支は未だから、縁を感じたということだ。近くには、朝市もあり、市街地の真ん中ではあるが、人々の生活の営みが感じられる。仙台市中央卸売市場に玄道が向かう午前四時過ぎには、大日如来堂は、まだ灯りをともした夥しい数の赤い提灯に囲まれている。  丑の刻参りを疑うような、女性の後ろ姿を認めて、玄道はどきりとする。よく見ればなんとそれは、店の常連である高校教師の袖井かの子である。 「親方?お早うございます。仕入れですか?」 かの子の頬には、乱れた髪がかかっており、ところどころ束になって張り付いているから、露を帯びたのかと、玄道は思う。そう思って顔をみれば、目の縁が、少し紅い気もする。 玄道の怪訝そうな様子に気がついたかの子が説明する。 「昨日は、学校に泊まりだったんですよ。部活で、山形のチームが来て合宿だったんです。……早く、目が覚めちゃって。」 「……俺は、仏さんの詳しいことはよくわかんないけど、大日さんは『万物の慈母』っていうらしいんだ?かの子先生も、甘えたらいいんじゃないの?」 驚いたかの子の効果音のように、境内を囲む青い公孫樹がざーっと、風に撫でられ揺らめく。赤い提灯が、きぃきぃ……と声をあげているのに細く混じる切なげな声が、後ろ手に手を振る玄道の耳に突き刺ささる。                             
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