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出勤
何 澪子の自宅は、俺の住んでるタワーマンションから自転車で20分ほどのところにある小奇麗な外観が印象的なアパートの端っこの部屋だ。
――202 何
扉に掛けられた表札を確認すると、俺は買ってきた夕飯、ペットボトルのお茶をそれぞれ二人分が入ったコンビニのレジ袋を持って、ノックをしてから入る。
「はーい! どうぞー」
「お邪魔します……」
「その声は、やっぱりしゅー君だ♪」
しゅー君とは、この部屋の主である何さんに付けられた、俺のあだ名だ。何さんにこう呼ばれると、何だか嬉しくなるので、俺はこの呼び名を気に入っているんだろうな。
片付けが苦手だという何さんの部屋は、いつも本や漫画の山が玄関から居間のカーテンすれすれまでいくつも連なり、そこに埋もれるように存在しているオレンジに近い赤のソファーが、彼女の特等席。
彼女の手元にはいつも漫画か新聞か本がある。
今日は小難しそうな処世術の本を読んでいた。
「夕飯、買ってきたんすけど、牛丼と豚肉の生姜焼き弁当、どっちが良いですか?」
何さんがパタリと本を閉じ、こちらをーー俺の手の先にあるレジ袋を見た。
「んー、そうだな、じゃあ、生姜焼き弁当、貰おうかな」
俺と向かい合うように座り直すと、ゆっくりと弁当を受け取った。すぐに開封して食べるあたり、相当腹が減っていたのがわかる。上司がもぐもぐと食べているうちに、俺はポッドを取り出し、空になっていた中身に水を入れ、蓋をし、スイッチオン。今日はこれから来客が来る予定なのだ。しかも、お得意様が来るのだ。流石に、コンビニで買ってきたお茶をお得意様に渡すわけにはいかない。
身内の小学生ならともかく。
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