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2.コンサートのチケットよりも重要なものがあるという現実を知る(前編)
それから、約1ヶ月が経過した。
その間、特に大きな出来事はなかった。というか、嵐のことなどほぼ忘れかけていた。
なにしろコンサートが行われるのは11月、半年以上も先のことだ。今から慌てる必要などあるわけがない。
5月の連休には娘の紗胡(さこ)も帰って来るから、3人揃って計画を立てれば良いと思っていた。
それを思い出したのは、4月も半ばに差しかかった頃。『函館新幹線がダイヤ改正で時間短縮』というニュースを見た時だ。
そうか、新幹線という手もあったな。
なになに、東京から新函館まで4時間だって? えーっ、そんなに速いのか!
札幌行きの何が大変と言って、とにかく行きつくまでの交通手段だ。
飛行機にさえ乗ってしまえば、せいぜい1時間程度。これだけならどうということもないのだが、残念なことにここは栃木、空港へ辿り着くまでが一苦労なのだ。
羽田までは、電車を乗り継いで約3時間。成田だと更に遠い。しかも搭乗1時間前には空港へ着いていなければならないし、広い空港内をうろついて搭乗手続きやら何やら面倒だし、そのうえ千歳から札幌まではまた電車。トータルで5.6時間はかかる計算だ。
でも新幹線なら。乗ってしまえば後は座っているだけだ。乗り換えも新函館での一回だけ。これは楽ちんだ。
よし決まり。
さっそくルートを検討してみる。
と言っても、ネットでルート探索をするだけなんだけどね。
パソコンを開き、えーと『宇都宮から札幌』っと。ポチッ。
ふむふむなるほど……、新幹線と特急で9時間2分か……。って、あれ?
ちょっと待て、どういうことだ。さっきはテレビで確かに4時間って。
そりゃまあ、宇都宮発だと停車駅の関係で最短時間というわけにもいかないし、乗り継ぎとかもあるからそれなりのロスもあるだろうが、それにしてもな。
えっ、新函館から札幌まで3時間38分だって? マジか!
ううむ、北海道の広さを見くびっていた。まさか、函館まで行ってもまだ半分だったとは。
そういえば以前、東北にドライブに行った時に、東北道をひた走っていたら仙台を通過したあたりで『東北道中間地点』という看板を見つけて、びっくりしたことがあったな。
その時は「ここでまだ半分かよ。東北広っ!」と思ったけど、北海道は更に広かった。
いや、広いのは知っていたけどね、まさかこれほどだったとは。
これは、もう一度よく考える必要があるぞ。
俺は軽く深呼吸をして、頭を仕事モードに切り替えた。
家の中では、動かざることハシビロコウの如しな俺だが、仕事中の俺は別人だ。右耳と左耳で二人の部下の話を聞きながら同時に指示を出し、パソコンにウィンドウを3つ開いてメールを読みつつ書類作成とメールの返信、頭の中では昼飯は何にしようかなと考えているなど、朝飯前。
いや、さすがに朝飯前に昼飯の心配まではしないが。
それに、社内での権力も絶大。金庫の鍵と銀行印と小切手帳を握っている俺には、時に社長ですら頭を下げる。
例えば、奥さんに内緒でお小遣いが欲しい時とか、奥さんに内緒で女の子にプレゼげふんげふん!
えーと、話が脱線した。新幹線だけに!
さてと。ではまず、状況を整理してみよう。
栃木から札幌に至るには、いくつかのルートがある。
① 飛行機
② 新幹線
③ 高速道路
④ 茨城は大洗港からフェリー
このうち、③と④は現実的ではない。③は津軽海峡を渡るのにまた別の手段を考える必要があるし、④は巷で大人気のコースで、俺もいつか乗ってみたいと思ってはいるが、今回は時間的な余裕がない。
そして②は上の理由により却下。つまり、消去法により結局は①以外の手は考えられないということになる。
だが!
ハイパーアラフィフ経理部長に変身した俺の頭脳は、ここで立ち止まりはしないのだ。
我が栃木県には空港がない。従ってまずは最寄りの空港に向かう必要がある。
では、最寄りの空港とは?
① 羽田空港……もちろん。
② 成田空港……当然。
さらに。
③ 茨城空港……自衛隊百里基地に併設。ミリオタ憧れの空港。
④ 福島空港……知る人ぞ知る東北の玄関口。駐車場無料が自慢。
そう、これぞ海なし県ならぬ空港なし県の利点。視点を変えれば、こんなにもの選択肢が生まれてくるのだ。
問題は、娘の紗胡が東京暮らしであること。
飛行機に乗る前に、あいつと合流する必要があるからだ。
羽田なら、空港で現地集合。茨城や福島だと一度実家に戻ってもらわねばならない。成田の場合は、さてどうしましょうという感じだ。
ううむ、これは俺の一存では決められない。やはり娘も交えてじっくり検討しなければ。
とはいえ、材料もなしに考えても正解は導き出せない。ここはひとつ、事前に専門家のアドバイスを貰っておこう。
専門家とは、要するに旅行代理店ね。
長年サラリーマンを続けていれば、それなりにコネも出来る。俺がこれから訪ねようとしているのは、社員旅行でいつもお世話になっている地元の旅行代理店だった。
その名も『コスモトラベル』。小さな会社だが、仕事は真面目だし、色々とわがままも聞いてくれる。それに社長とは何度も飲みに行った仲だ。
言っとくけど、接待じゃないよ! ほんとだよ!
と、いうわけで。
「こんにちはー」
店に行くと、さっそく社長がお出迎えだ。
「あれ、たかもり部長じゃないですか。いつもお世話になってます」
「どうも、ご無沙汰しまして」
「どうぞどうぞ、お座り下さい」
ニコニコと、いつもながら愛想の良い社長だ。まあ、商売だから当り前なんだけど。
「今日はちょっと、旅行の相談に来まして」
カウンターに向かい合わせに座りながら。
「えーと、会社、じゃないですよね。プライベートで?」
「はい、家族でちょっと」
「いいですねー。行先とかご予定とかは、決まっているんですか?」
「ええ、札幌なんですけどね。とりあえずホテルの予約だけでもお願いしておこうかと。飛行機はよく相談してから」
「ああ、それなら航空券とセットの方がいいですよ。割引がありますから」
なるほど。さすがは専門家、さっそくいいアドバイスを貰った。
「それで、ご予定はいつ頃なんですか?」
社長は、そう言いながらカウンターの上のパソコンをカチカチと操作する。
「えっと……」
手帳を取り出して確認する。日取りを間違えてしまったら、取り返しがつかないもんな。
「11月の……、14から16の二泊三日です」
「おやまあ、ずいぶん先ですね。何か目的でも?」
パソコンを操作しながら、ニコニコと。
「いやあそれがですね。実は、嵐のコンサートを見に行くことになっちゃって。何もわざわざ北海道まで行かなくてもと思うんですけどね。
せっかくだから観光もしたいって、妻が言うもんですから。あはは」
なんて、照れ隠しに頭を掻いたりして。
だがその瞬間、俺とにこやかに談笑していた社長の顔から、一瞬にして笑いが消えた。
「えっ……」
「え?」
えっ……、って。なんで……?
後編に続く!
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