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7.妻がまた俺の知らない単語を知ってて当然みたいな調子で言ってきた
それは、ゴールデンウィークも過ぎた5月半ばのとある朝のことだった。
洗面所で歯を磨いていたら、妻がバタバタとスリッパの音を高らかに響かせながら駆けて来た。
「ねえねえねえ、お父さんお父さん! 大変大変!!」
ついさっき、一緒に朝飯を食べていた時にはいつもと変わらない様子だったのに、たった数分の間にいったい何があったんだ?
まあ、どうせ大したことじゃないだろう。と、俺は世の一般的な夫としてごく普通の正常な思考をめぐらし、ガシガシと歯磨きを続けながら洗面台の鏡越しに、妻に生返事をした。
「んー?」
ガシガシ……。
「あのねあのね! 私、嵐のワクワク学校が当たっちゃった!」
「ふぇー」
ガシガシ……。
アラシノワクワクキョウシツ? なんじゃそりゃ?
「あーどうしよう。紗胡(さこ)にLINEしなくちゃ」
ガシガシ……。
妻はスマホを胸に抱いて天井を見上げている。
ははあ、当たったということは、また何かのチケットかな。
嵐のワクワク教室ね、ふーん。タイトルだけでどんなものかは想像つくけど。
でも待てよ、嵐と言えばドームで4万人集めて巨大コンサートなんじゃないのか?
まさかそんなドリフのコントみたいなことを、あの嵐がやるわけないよな。てことはグッズか何かかな?
でもそうだとすると、いったいどんなグッズなんだ? 見当もつかないな。
一番ありそうなのは『嵐のワクワク教室せんべい』とか。うん、これなら納得。
とりあえず歯みがきの手を止めて、聞いてみる。
「なにほれ?」
「あのね、ステージを教室みたいにして、嵐がジャニーズの他のグループと一緒に学校みたいなことをやるの」
ドリフのコントだった。
「だって全部で3ステージしかやらないんだよ。まさか当たるなんて思ってなかった」
「ふーん」
再び、ガシガシ……。
あ、そうだ。
「んで、いふやんの?」
「6月30日の日曜日。駅まで送って?」
「ん、いいお」
ガシガシ……。
6月30日か、今回は近いな。いいけど。
でも、そんなことよりも。
「連れてって」じゃなくて「送って」で良かった。
福岡ドームまで連れてってとか言われたらどうしようと、ちょっとドキドキしていたよ。
あー、ホッとした。
「あー、どうしよう。私、これで今年の運を全部使い果たしちゃった」
「ブッ!」
それほどかよ。
というか、妻よ。
当たったのは、紗胡じゃなくて君ですか?
ということは、君もファンクラブに入っていたの?
いつの間に……?
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