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私は逃げ出した後川のほとりで一睡して目を覚ますと誰かの呼ぶ声がした。夢中で追いかけた。はっと気がついたときには私には毛が生え、牙が生え、虎の姿へと変わってしまっていた。なぜなのかわからずただずっと立ち尽くした。
あれから一年ほどたっただろうか。
辺りには桜が咲き、ひらひらと花びらを落としている。川の水面で自分を見る。ちょうど今舞いちる桜のような毛をもつ自分がそこにはうつる。
私はこの虎の姿へとだいぶ慣れてきた。なぜこのようなすがたになったのか。なぜこんな色になったのか。たくさんの不思議が浮かぶのにその何一つさえ未だにわからずにいた。
草地を歩いているとき人を見かけた。私はまた野生に戻る。またあの真っ赤に染まった残酷な景色をみるのか。意識をなくす。しかし今回ばかりは噛みたくなるようないつもは止められない思いを止まることができた。その人物はかつての親友えんさんだったのだ。
彼はこのような姿でも私であることをわかり、かつてと同じように話してくれた。とても嬉しかった。
私は彼に人として最後の詩を託し、彼に頼みごとをした。
「妻子には私は死んだと伝えてくれないか。そして今日のことは秘密とし、彼女らの生活を助けてやってくれ。」
彼は少し考えたあと
「わかった。ただし一つお願いがある。お前たちの結婚記念日はたしかあと5日後くらいだろう?ただ、その日だけは彼女を思い、人の意識のあるままここにまた会いに来てくれないか?」
正直その日まで人間の心が保てているのかわからない。そしてまたえんさんにあった瞬間今日みたいに襲ってしまうかもしれない。このままあわないほうが…
考えてる途中でまた意識が薄れてきた。
そしてだんだんと李徴の体は桜の花びらとなり舞いちり、虎の姿へとなっていった。
私は振り返ってえんさんに背を向け、立ち去ろうとした。
「待ってくれ。李徴。返事だけでも。」
私は一声遠吠えをあげ叢の中へと消えた。
彼にはその声がどちらの返事と捉えたかわからない。
けれど私は”はい”と答えたつもりだった。
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