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新月
「今日は、どれにいたしますか?」
窓の桟に腰掛けながら、ウサギが小首を傾げた。
台風が過ぎ去ってからというもの、昔のアルバムやら、卒業写真やら引っ張り出し、手当たり次第審査を受けてみたものの、どれも敢え無く惨敗。
手詰まりは目に見えていた。
「ごめん。ウサギ。もう無いんだ。どうしても思いつかない」
「……そうですか」
ウサギが肩を落とす。
「ウサギ……。その……。月に頼んで、人間になることはできないんだろうか」
「それは無理です」
間髪入れずに、ウサギが答える。
「月の精は、地球では生きられません」
「どうしても?」
「はい」
「そっか……」
最後の頼みの綱まで失い、僕は絶望的な気持ちになった。
この半月の間、当たり前のように過ごすうちに、もしかしたら、ウサギはもう地球に順応してきているのではないかなんて、淡い期待を抱いてしまっていたのだ。
自分の甘さに腹が立つ。
「月の精は、人間にはなれない……か……」
ぼんやりと、ウサギを見つめる。
そういえば僕は、ウサギの事を何も知らない。
そうだ。気分転換に、月の話でも聞かせてもらおう。
僕は姿勢を正すと、ウサギに疑問を投げかけた。
「ねえ。月の精って、一人なの?」
「いえ。一人ではありません。それぞれ守る範囲が決まっていますので」
「守る?」
「ええ。軌道を外れていないか確認したり、太陽とのバランスを見たり。あとは、表面のお掃除など……」
「へぇ。そんなことしてるんだ」
「はい」
デッキブラシで月の表面を一生懸命磨いている大勢のウサギ達を想像したら、自然と笑みが零れた。
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