下弦

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「いや、ごめん。何でもない……」 頬に添えた左手を、慌てて引っ込める。 僕は、ウサギ相手に何をしようとしていたのだろうか? 意思とは無関係に騒ぎ出す、この心臓の扱い方がわからない。 きっとこれは、月の精の魔力だ。 ウサギが、普通の人間ではないからだ。 そう思い込むことにした。 何か理由付けをしなければ、僕のアイデンティティは既に、保っていられないところまで来ていたんだ。 「ごめん。今日はいろいろあって、何だか気持ちがグチャグチャだ」 僕はウサギを枕元に置くと、懐中電灯の明かりを消した。 「今夜は一緒に寝てくれるかい?」 ウサギが、コクリと頷いた気がした。 外の音が大きくなった。 暗闇の中で、神経が研ぎ澄まされたせいだろうか。 僕はベッドに横になると、窓にぶつかる雨と風の暴れ狂う様に耳を傾けた。 ――すう。すう。 しばらくすると、別の音が混じってきた。 ゆっくり首だけ動かすと、目の端に、タンポポの綿毛が上下に動いているのが見えた。 もちろんそれは、綿毛なんかじゃない。 「ウサギ?」 ――すう。すう。 「……ウサギ」 ――すう。すう。すう。 僕は、ウサギの上に肘を立てるようにして覆いかぶさると、真っ白な綿毛の中に顔を埋めた。 ウサギの呼吸に合わせ、ふわふわの塊が上下する。 柔らかい。 肌に触れているのを感じないくらい、軽くて繊細なウサギの身体……。 それを両手で包みながら、僕は、閉じているウサギの瞼に、そっと、口付けた……。
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