新月

5/9
前へ
/90ページ
次へ
「ということで。ま、飲もうや」 冬馬が缶ビールを開ける。 どういうことだよ! 「……いやいや! ちょっと待って!」 このまま冬馬のペースに引きずり込まれそうになるのを、必死で阻止した。 「ん?」 「そもそも、何で僕なんか……」 冬馬がじっと僕の顔を見つめた。 案外、綺麗な瞳してるんだ。 「そりゃお前。一目惚れってやつだろ」 ……はいぃぃぃぃっ? 「ぼぼぼ僕は、男の人は、ちょっと……」 身の危険を感じて後ずさる。 そのキラキラ輝く瞳は、そういう意味なのか? 「や! バカ! ちげーよ! 勘違いすんな!」 冬馬が慌てる。 「そういうんじゃなくて……」 一呼吸置いてから、冬馬は少し遠くを見つめた。 「いやぁ。俺さ、見た目こんなだから、結構チャラい奴って思われてて。高校ん時なんか、上辺だけの付き合いしかしたことなくてさ」 茶色がかった無造作ヘアを指で摘みながら、冬馬が自嘲気味に笑った。 「だけどさ、お前と初めて会った時、直感なんだけど、コイツなら信じられるかもって思ったんだよ。で、いろいろ知ってくうちにさ、お前がアホみたいに裏表ない奴だってわかって、ますます仲良くなりたくなって……。で、あれこれちょっかい出してたってわけ。お前は迷惑だっただろうけどさ」 アホって……。 「でも、お前が嫌ならもうやめる。金輪際、話しかけたりしないよ」 冬馬は真剣だった。 こんな顔もするんだ。 「いや。僕の方こそごめん。誤解してた。冬馬のこと」 素直に謝った。 冬馬がそんなことを思ってたなんて、かなり想定外だ。 「……今、冬馬って……」 「え?」 「今、冬馬って言ったよな!」 「それが何か……?」 「初めて名前、呼んでくれたな!」 「そ、そうだっけ?」 「ありがとう! なんか嬉しい!」 顔をクシャクシャに歪めると、冬馬は恥ずかしそうに笑った。 その笑顔を見ていたら、何だか僕も嬉しくなった。
/90ページ

最初のコメントを投稿しよう!

61人が本棚に入れています
本棚に追加