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(三)
春の日差しが眩しい。
一陣の風が、大輔の頬を通り過ぎる。
「気持ち、いいですね」
風の爽やかさを感じとったのだろう。無言だった少女が口を開いた。
「そうですね」
大輔は振り向いて、精一杯の笑顔を作った。
「ええ、本当に」
少女は初めて、にこりと笑った。
初めて見た少女の笑顔にどきどきしながら、大輔は前へ進んだ。
「とりあえず、席を取りましょうか。荷物置いて」
バックネット裏、最前列の中央付近が空いていた。
「ここ…空いてますよ。ここなら、グラウンド全体が見渡せます」
大輔が右手を広げ、席の方角を指し示すと、少女は黙って頷き、座席に腰掛けた。
大輔はその左隣の席の足元にそっと荷物を置くと、静かに腰を下ろす。
(普段は荷物を投げ出して、ドサッと乱暴に座ってるのに…随分よそ行きだなあ)
大輔の左にひっそりと座りながら、灌二は笑いをこらえた。
少女は目を見開き、グラウンドを右から左へゆっくりと視線を巡らせている。
大輔は少女の横顔に語りかけた。
「野球観戦、初めてですか」
不意に声を掛けられ、少女は一瞬、体をびくっとさせた。
大輔の方に顔を向けるが、目は伏せている。
「ええ。テレビではよく見ますけど。球場で見るのは、初めてなんです」
「球場で生で見るのって、楽しいですよ。テレビとはひと味違って」
グラウンドに敷き詰められた鮮やかな緑の人工芝。ところどころにある赤茶色の土の色。グラウンドを囲む青いフェンス。その中で躍動する選手達。グローブにボールが収まる音、選手達がかけ合う声もよく聞こえる。それらの全てが渾然一体となり、球場には、日常生活では決して見ることができない別世界がある。
「そう…ですね」
少女はグラウンドに目をやりながら微笑んだ。その瞳は、生き生きと輝きだしている。
「すごい人ですね」
少女は、一塁側、高雄中学の応援席を指差した。
高雄中は、全国大会を目指す強豪校だ。数百人に及ぶ大応援団が応援席を埋め尽くしている。鉢巻きを巻いた姿のリーダーとポンポンを持ったチアガールを中心に、大太鼓にブラスバンド。それに合わせ、生徒たちが声を嗄らして声援を送っていた。
少女の人差し指は、三塁側に転じた。
それに合わせ、大輔の目も三塁側に向けられる。
「オニチューは、少ない…ですね」
ほんの、二、三十人であろうか。
内野席のあちこちにぱらぱらと観客が座っている。
応援リーダーもチアガールもいないため、まとまった応援になっていない。
「ああ。そーですね。オニチューは野球、強くはないですし」
大輔は少女の指差す方向へ顔を向け、適当に相槌を打った。
「でも」
少女は大輔の方に顔を向け、にっこり笑って言った。
「たとえ少なくても、応援に来ている人ってすっごく熱心な人達なんですね、きっと」
「えっ」
自分のテキトーな相槌を否定されたようで、大輔は返答に詰まった。
(結構、いい子かもしれない。弱者の味方じゃん)
灌二は、自分が弱者と思っている。弱者の味方には好感を持つ。
大輔ははぐらかすように、バックスクリーン上の時計を見た。
「一時五十九分。間もなく試合開始ですね」
先攻は高雄中学。
グラウンドでは試合開始に先立ち、守備についたオニチューの選手達が声をかけ合いながら、球回しなどを始めている。
「あれ? ピッチャーは?」
野手達が既にスタンバイしているのに、マウンドに投手がいない。
「ええと、ピッチャーは…?」
大輔は、スコアボードのオニチュー選手名に目をやった。
「えっ。セノオ…」
大輔が呟いた刹那、ようやく一塁側、オニチューベンチから出てきた少年がいた。
背番号1。オニチューのエースピッチャーである。
大輔は立ち上がった。
「妹尾だ。やっぱり、妹尾じゃねえか」
「さっき市電への黒ずくめの打球を、グローブで止めたひとだよね。オニチューの背番号1」
灌二も、声が上ずっている。
「せのお?」
少女が瞳を大輔に向けた。
「あっ。いや…」
大輔は座り直した。
「オニチューのあのピッチャー。彼は妹尾文次郎(もんじろう)というんです。妹に尻尾の尾と書いて、妹尾」
「妹の尻尾? なんか、可愛らしいですね」
少女は口元に小さく拳を当てて、微笑んだ。
「可愛らしい?」
大輔は苦笑した。
「お知り合いなんですか。妹の尻尾さんと」
「ええ。彼とは、小学生の時からライバルなんです」
「ライバル?」
「ええ。僕は父親がプロ野球選手だったんで、三つの時に野球を始めて、英才教育されました。彼は全然違います。誰に教わるでもなく、全部自己流」
「対照的だったんですね」
「普通、先発完投型の投手は長いイニングを投げ抜くために、力を入れるべきところは入れ、抜くべきところは抜くんです。それが投球術のひとつなんです」
「ギアチェンジですね」
「ところが、妹尾君は違った。どんな試合でも、一回から試合終了まで、全て全力で投げる。大量リードの場面でも、決して力を抜かないピッチャーでした」
「それはそれで、すごいですね」
「彼は桁違いに練習してたって聞いてます。毎日、朝四時に起床して二十キロ先にある神社まで、ランニング。百八段ある階段をウサギ跳びで登り、腕立て伏せ、腹筋を各二百回。朝食のあとチームと合流して朝練。昼休みはキャッチャーと組んで投球練習。放課後はチームの練習後、毎日九時過ぎまで二百球、投げ込み…。 学校で授業を受けている時間以外は、野球、野球、野球の生活だったらしいですよ」
「信じられない…超人的ですね」
(へえ。すごいな)
大輔の話に、灌二も舌を巻く。
「でも…」
大輔は腕を組み、黙り込んだ。
難しい顔をして考え込む大輔に、少女が声を掛けた。
「どうかしましたか」
「あっ。いえ…別に」
少女が心配そうに、大輔の顔を覗きこんでいる。
「彼…妹尾君はね、小六の時、試合で…肩を痛めたんです。利き腕のほうの、右肩を」
「肩を?」
「そう。すごい重傷でね。医者にも見放されて、もう二度と野球はできないと言われたんです」
「やだぁ」
少女は両手で顔を覆った。
「じゃあ、それっきり、野球から離れて…」
「はい」
大輔は頷いた。
「それ以来、二度とグラウンドで、彼の姿を見ることはありませんでした…。僕も心配になって彼の通ってた小学校にも行ってみたんですけど、野球はやめるって仲間に言い残して転校していて、行方がわからなかった」
「よほど、ショックだったんでしょうね」
少女は、悲しそうに表情を曇らせた。
「でしょうね」
灌二は改めて、文次郎に注目した。
(投球練習は、しないのか)
文次郎は内外野で球回しをしている間、眼を閉じ、腕組みしたままマウンド上で屹立している。
グローブははめず、右脇に挟んだままだ。
(一体、どんな球を投げるんだろう)
灌二は、眼を凝らした。隣にいる大輔は、拳を握り締めている。
主審の右手が高々と上がる。プレイボールが宣言された。
文次郎はようやく、眼を開き、グローブをはめた。
(黒いグローブか。市電の前で黒ずくめの打球を止めたのと同じやつかな)
「あっ」
大輔はまた、立ち上がった。
「まさか、左で投げるのか」
脇に挟んでいたので気がつかなかったが、文次郎のグローブは右手用。
「リトルリーグ時代、妹尾は右のオーバーハンドだった。右肩を壊したから、左で投げられるよう鍛え上げたのか」
大輔の独り言に、少女が反応した。
「よくは、わかんないですけど…。さっきのお話からして、超人的な人ですよね。根性と練習量で、できるようにしたのかも」
「そうかもですね」
大輔は戦慄した。
文次郎は大きく振りかぶった。
ボールを持った左腕を、後方に大きく撓らせる。
半円形を描くように腰を回転させると、地を這うように腕が力強く、素早く振られた。
アンダースローである。しかも、左。
左腕のアンダースロー自体、珍しいが、大輔が驚いたのは投げられたボールのほうだった。
「遅い!」
山なりのスローボール。ど真ん中だ。
バッターはピクリともせず、茫然と見送った。
ボールはキャッチャーがミットを構えていたところに、低い音を立てて収まる。
「ス、ストライク!」
球審がコールする。
「あれって…」
少女が大輔の横顔を見た。
「どうして打たないんですか。私でも、打てそうな遅い球なのに」
「そうですね」
大輔は顎に右手を当てた。
「まあ、虚を突かれたってとこでしょう。初球からあんまりイージーなボールが来たから、びっくりして固まってしまった」
「なるほど」
少女は頷いた。
キャッチャーからの返球を受け取ると、文次郎はすぐさま、第二球のモーションに入った。
第二球が投じられる。
一球目と全く同じスローボール。コースも同じど真ん中。
またも、バッターは見送った。ツーストライク。
高雄中学の一番打者、村井は俊足好打のリードオフマン。通算アベレージ三割五分を誇る。ど真ん中のスローボールが打てないはずがない。
「今度は何ですか」
「またまた面食らったんでしょう。二球、全く同じボールが来たんで。それってかなり意外ですから…。それと、バッターにとっては、打ちごろのスピードってのがあるんです。スローボールってかえってタイミングが取りにくい場合もあるんですよ」
大輔は説明しながら、首を傾げた。
文次郎が三球目を投じた。
今度はやや高目。コースはストライクだ。
「よっし。強振しろ。外野の頭、越せるぜ」
大輔は思わず、大声を出した。
ゴツン。
バットにボールが当たる、鈍い音がした。
打球は二つ三つバウンドし、文次郎の前にゆっくり転がった。
ピッチャーゴロ。
文次郎はゆったりとした動作でゴロを捌くと、一塁手にボールをトスした。
ワンアウト。
文次郎はマウンド上で振り返り、左手人差し指を立て、
「ひとつ」
と叫んだ。
内外野の野手達がそれぞれ人差し指を立て、
「ひとーつ」
と唱和する。
高雄中学、二番バッターは大津。シュアなバッティングを身上とし、際どいコースや緩急つけた投球にも対応できる技巧派だ。
「大津ならこんなスローボール、簡単だろ」
呟きながら大輔は、バッターボックスに目を凝らした。
第一球。
一番村井への初球と同じ、ど真ん中へのスローボール。
大津はぴくりともせず、見送った。ストライク。
二球目。今度は高めのスローボール。
バッター大津が強振する。
ゴツン。またも、鈍い音が響く。
キャッチャー前のゴロ。キャッチャーが二、三歩前進して捕球。一塁へ転送してツーアウトとなった。
「ふたつ」
文次郎がバックの守備陣に向かい、左手の人差し指と小指を突き立てて見せる。
守備陣がこれに応え、人差し指と小指を立てて、
「ふたーつ」
と唱和した。
ベンチに下がる大津が、次の打者須々木に向かい大きく手を広げ、首を傾げるポーズを取った。
(確かに、変だなあ…。何の変哲もないスローボールに見えるのに)
じっと固まってグラウンドの様子を観察していた灌二が、首をひねった。
「何か街中で気になるものを見たら、継続して観察し記録せよ」
社会科教師井中カオルの口癖を再び思い起こした灌二は、スマホを取り出し、構えた。
(妹尾君の投球、撮影しとこう。井中先生に分析していただければ、何かわかる)
三番須々木は、身長一メートル八十センチ。大型の左打者。バッティング練習では五本に一本はスタンドに放り込む、強打者だ。
「あっさりツーアウト取られて、妹尾のペースになりかけてる。ここらで一発スタンドに放り込んで、勢いをつけてくれ」
呟きながら大輔は、拳を握りしめた。
妹尾は淡々と、初球の投球動作に入る。
一番、二番の初球と同じ、ど真ん中のスローボールである。
「な、なめるなあっ」
バッター須々木は叫びながら、思い切りスイングした。
が、結果はボテボテのファーストゴロ。
一塁手が前進してこれをキャッチ。ベースカバーに入った文次郎にトスして、スリーアウト。
須々木はバットを地面に叩きつけ、地団駄を踏んだ。
「みっつ」
文次郎の叫びに合わせ、
「みーつっ」
と唱和しながら、オニチューの選手達が勢いよく駆け出す。
「三者凡退?」
大輔は頭を抱えた。
(なぜだろう。バッターは皆打ちそうな人ばかりなのに、あんなスローボールが打てないんだ)
灌二の疑問をよそに、文次郎は小走りにベンチへと戻って行く。
(あの球、何か特別な魔力でも、あるのか)
灌二はベンチに戻って行くオニチューナインに眼を向ける。
(ひとーつ、ふたーつって全員で唱えんのも不気味だよな)
グラウンドでは、攻守交代。
高雄中学ナインが球回しなどを開始していた。大輔はマウンドに目をやる。
マウンドには、「高雄中学」と胸に刺繍されたユニフォームを身につけた少年が立っている。背番号1。高雄中学のエースナンバーを背負う二年生、小山翔太である。
翔太は元々はキャッチャーだが、大輔が監督によりエースナンバーを剥奪されたため、肩の強さを買われてエースピッチャーに抜擢された少年だ。
「すまねえ。翔太。俺のせいでピッチャーなんて」
大輔は両手を合わせた。
プレイがかかると、マウンド上の翔太がキャッチャーからのサインに軽く頷き、投球モーションに入った。
第一球が放たれる。
内角低めのストレート。キャッチャーの構えていたミットの位置通りに、ボールが快音とともに収まった。
ストライク。
「おー。いいじゃん。140は出てんな」
大輔が声を上げた。
第二球。
今度は外角高めに、ストレート。
またもバッターは見送った。
ツーストライク。
キャッチャーから三球目のサインが出る。翔太は軽く頷くと、モーションに入った。
フォークボール。
バッターのバットが空を切った。
ベースの手前でワンバウンドしたボールが、キャッチャーのミットに収まる。
三球三振。
「よしよし。俺が教えてやったフォークも、よく落ちてる」
大輔は右手で小さく、ガッツポーズを作った。
「フォークってなんですか」
少女が質問する。
「正式にはフォークボール。ピッチャーの手を離れてからバッターのところに届くまでに、ストーンと落ちる変化球です。ピッチャーはね、そう、こうやって人差し指と中指の間にボールを挟んで投げるんです」
大輔の手元に今ボールはない。右手でボールを挟むジェスチャーをしながら、軽く腕を振る動作をしてみせる。
「打ちにくいんですか」
少女が次の質問を重ねる。
「はい」
大輔は頷いた。
「人間の目って左右に並んでいるでしょう。だから、横の変化はかなり付いて行ける。逆に、縦の変化には対応が遅れる。今の小山君が投げたフォークなんか、ちょっと落ち過ぎて見送れば完全にボールになっちゃうのに、バッターは見極められずに空振りしてしまった、という訳です」
「なるほど。面白いですね」
少女が笑顔で答えると、大輔も自然、笑顔になった。
(ちょっと、悔しいけど…)
灌二は、二人の会話を左で聞いている。
(楽しそうだな。大輔とこの子、結構いい感じじゃん)
オニチューの二番打者がバッターボックスに入る。
翔太は落ち着いた仕種でキャッチャーからのサインに頷くと、振りかぶった。
第一球は外角低めのストレート。
バッターは全く手が出ない。呆然と見送り、ストライク。
「おー。快調、快調。翔太、調子良さそうじゃん」
大輔が呟いた瞬間、ポケットのスマホが震えた。
「チッ。またかよ」
ポケットから取り出したスマホの画面を見るなり、大輔は舌打ちした。
また「黒ずくめ」からのメールである。
画面の中で動画が動き出すと、隣にいた少女が釣られるように、画面を覗き込んだ。
大輔は反射的に、少女を一瞥する。
「ご、ごめんなさい。勝手に覗き込んでしまって…」
いったんスマホに近づけていた顔を慌てて退こうとする少女のほうに、大輔はスマホの画面を向けた。
灌二も立ち上がって、スマホの画面を覗き込む。
「いいんですよ。見ても。なんか得体の知れない奴からの変なメールなんです」
画面には、白地に黒く
「鬼」
という一文字のみが大きく映っている。
カメラが次第に引いてゆく。
野球のユニフォームの、首からベルトまでの部分が映し出される。純白のユニフォーム。「鬼」の文字は、左胸にある刺繍だとここでわかった。
「オニチューのユニフォームじゃねえか」
大輔が声を上げた。
そこに映っていたのは、今試合をしている球児達と同じ。オニチューのユニフォームだったのである。
次に映ったのは、ユニフォームの背中側。
「10」
とある。
「今試合に出ている中には、10番はいねえ。控えの選手ってことか」
さらに目を凝らす大輔の前に、ピッチングマシーンの映像が映った。
マシーンは、グラウンドの中、マウンド上に置かれている。実戦でピッチャーが投げるのと同じ条件だ。
さらに映像は、ピッチングマシーンの球速メーターのアップに変わる。
「150」
と表示されている。
「150キロ? 俺の最速より5キロも速えじゃねえか」
映像を見つめる大輔の前で、マシーンからボールが発射された。
再び、10番の背番号が映る。次第にカメラが引き、全身像に変わって行く。
10番の人物は、金属バットを握っている。
バットが、発射されたボールに向かい、猛烈なスピードで振られた。
次の瞬間。ミートされたボールは宙高く舞った。
カメラがボールの行方を追う。
ホームベースからのメートル距離を示す「120」と記されたフェンスを軽々と越え、ボールはバックスクリーンに突き刺さる。
「げえっ。150キロを簡単に打ちやがった」
目を見開く大輔の前に、マシーンが第二球を発射する様子が映る。
バットがスイングされる。
今度は打球が左方向へ。空高く舞い上がったそれは、外野スタンドを遥かに越え、レフト場外へ消えた。
第三球。今度はアウトコース低め。
10番のバッター、やや態勢を崩しながらも、バットはボールを捕らえる。
低い弾道の打球となるが、意外と飛距離が伸びる。
ライトのポール際、吸い込まれるようにボールはスタンドへ飛び込んだ。
結局、投じられたボールは十球。いずれも150キロ前後のストレート。その全てを、10番はホームランしてしまった。
次の瞬間、動画は10番の体から、頭部へと角度を変えた。
大輔は思わず、仰け反った。
「わっ。あいつだ。市電に打球を打ちつけてきた、黒ずくめだ」
「だね。同一人物だよ」
灌二が首肯した。
スマホの画面が突然、真っ赤に染まった。
真っ赤な中から、白い文字が一文字ずつ、浮かび上がって来る。
「見たか。俺はどんな球でも、確実にホームランすることが出来る。今はストレートを見せてやったが、変化球も同じ。お前は絶対、俺を打ち取ることはできない。そんなところで休んでんじゃねーよ。打たれんのが怖えーのか。逃げてんじゃねーよ。 オニチュー三年 黒ずくめより」
「けっ」
大輔はスマホの画面に向かい眉を釣り上げ、叫んだ。
「何が怖えーだ。ピッチングマシンと俺を、一緒にすんなよ」
強気の言葉を吐きながら、大輔の額に冷や汗が滲んだ。
その時である。隣に座っていた少女が、唐突に立ち上がった。
「あ…あなたは、松浦大輔さんですよね…」
声が震えている。
「私が探していたのは、あなたです」
黒ずくめへの不安で、もやもやしていた時である。突然の少女の変化に、大輔は狼狽した。
「はあ? 確かに、松浦大輔ですが。探してたっていうのはぼ、僕ですか」
少女は叫ぶように言った。
「私は、マミヤといいます。風間(かざま)マミヤ。先日突然行方不明になった高雄中学への転校生、風間ミチヤの双子の姉です」
「え? ミチヤのお姉さん?」
「松浦さんにお願いしたいことがあるんです」
少女は、畳みかけるように続ける。
「今松浦さんにメールを送ってきた黒ずくめ。あいつにボールをぶつけて、懲らしめてほしいんです」
「は? 何言ってんの?」
少女の思いがけない言葉に、大輔は眼を見開いた。
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