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12、今日もあなたを追いかける
いつからだろう、こんなことを繰り返すようになったのは...。
先輩はタイムを計ったり試合の時など、気合を入れる前に決まったことをする。
1つ目。
誰もいない所で数分間、瞑想をする。
たぶん、イメージしてるんだと思う。身体を適当に動かしながら一点を見つめていたり、時には壁に額を当ててるときもある。
2つ目。
両手を見つめてフー、フーっと息を吹きかける。
これは、手汗かな?
3つ目。
その様子を少し離れた場所で見てる俺を手招きして抱きしめる。
俺が先輩を見ようと顔を上げた瞬間に、キスをするのだ。
...ごめん、自分で言ってる時点で、マジ照れる。
これをされた時、正直に言って驚いた。
だって、外だし、こんなことをするなんて普通じゃない。
だけど、先輩は「よしっ!」って、気合が入ってるのを見ると、何も言えなくなる。
しかも、それをすると、先輩の成績がよくなるということを俺も気づいてしまったから、余計だ。
そして、とうとう、俺の心配していたことが起こった。
いつものように先輩と一連の事を済ませて、先輩を送り出した時だった。
「ねぇねぇ、君...すごいね」
後ろから声をかけられて振り返って見ると、そこには他校の学生がいた。俺と同じ身分証を持ってるし、似たような服を着てたらわかる。こいつもマネージャーなんだって。
「...何がですか?」
何がすごいのかわからないという顔をした俺にそいつは、ニヤニヤと笑みを浮かべながら静かに自分の口元に指を置いた。
「...キス」
―!
胸の中で一気に鼓動が加速する。
けれど、動揺しているのを知られたくない俺は
「...キスがなにか?」
と、平然とした顔で返した。
すると、ニヤニヤと面白がった笑いから本気で笑い出したのだ。
「ハハハ、「何か?」って? 君、面白いね。 南沢君って言うの?
君って男でも平気でキスができるんだねぇ」
目の前の男が何を言いたいのかってのは、大体わかる。
バカにするのか、それとも自分もしろと言ってくるのか。
相手にする必要はないと判断した俺は、先輩の様子を見えるところに場所を移そうとした。
「...話は終わってないんだけど、何を勝手に行こうとしてるの?」
よく見ると、学校の名前が入っているジャージを着ている。しかも、先輩と一緒に走る選手がここの学校だと思うのだが。
「...選手が走るんだから見て何が悪い?」と、俺は返した。
すると、ケラケラと笑いながら
「はぁ? 好きに走らせておけばいいじゃん。 好きでやってんだからさー」
って返してきたのだ。
お前と一緒にするな、クソが。
奴を無視して俺は先輩を見つめた。
パーン!と、音がなり、走り出す選手たち。
先輩もスタートから集中が出てきて身体のブレもない。
いつもだったら、ゴールの近くで待つのに、今日は邪魔が入って無理だった。それでも、先輩の走る姿を目に焼き付けたくて俺は真剣に見たのだった。
ほうっと止めていた息を解放した。先輩ほどじゃないけど、俺も自分の事のように考える。走っている途中に、足を引き攣ることだってあるのだ。緊張をしているときほど、実力を発揮できる選手こそ、成績を残せるのだ。
先輩は惜しくも2着。だけど、練習の時より早く走ることができて自己ベストを更新した。思わず、握りしめていた拳をヨシっと振ったのは仕方がないことだ。
一方、ごちゃごちゃと言ってきたやつは、大変そうだ。選手が走っている最中にトラブルがあったようで、関係者に身体を支えられながら会場から出されている。様子を見ていなかった奴は状況がわからないから、「どうしたんですか?」とも言えないだろうな。自業自得だ。
俺は先輩の元に急いで駆け寄った。
「先輩っ! すごくかっこよかったっ!」
手を叩いて喜ぶ俺に先輩はホッと息を吐き出し、寂しそうな笑みを浮かべた。
「まぁ、2位だったけどな?」
それでも、自己ベストを更新したんだ。すごいと思う。
先輩は俺がゴール付近にいないことに気付いていたようだ。
「...何かトラブルでもあった?」
...どうせ、バレるけど、別に今じゃなくてもいいだろう。まずは、先輩の傍で支えたい。
「はい、ちょっとあったっす。 それは、家に帰ったときにきちんと話すっす」
俺の表情に陰りがあるのに気づいた先輩は小さく「わかった」と言い、控室の方向に足を運びだしたのだった。
くっそー、あのバカヤロウっ!
折角、先輩が自己ベストを出したって言うのに、祝うことができねーじゃん。
おめーの事を話さなきゃいけねーのが、一番、最悪だわっ!
大会が終わったあとも、俺は一人、激おこモードだった。不愉快だ。
他の部員からは「黒澤の成績が悪かったから南沢が激おこっ!」って、揶揄われてたけど、構っている暇はない。
よしっ! 先輩に癒してもらおうっ!
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