描かれた少女たちの現実

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描かれた少女たちの現実

ある男がついに、一枚の絵を完成させた…。。 「こ、これで、私は解放される…。」 ふぅっと…深い溜め息をつき、筆を置く。 冷めかけのコーヒーを新しいものに取り替えようと、立ち上がった時…ピンポーン!と、玄関のチャイムが鳴る…。誰だろうか…。私は玄関へと赴き、客人を覗き穴から確認する…。 「あっ…」 思わず声が漏れる…。相手方は、私と同じ画家として、名を馳せる隣人の男であった。しかし、私同様にそこまで著名な画家ではない…。久しく会ってはいなかったが、何の用であろうか…。 私は、ドアの鍵を空ける…。 ガチャ…ギィー…。 「…どうも、こんにちわ!お久しぶりです!…最近、全く絵のアイディアが浮かばなくて、隣近所のよしみで、少しお話ができればと思いまして…お邪魔ですかね?」 いえいえ…そんなことはと私は、彼を招き入れた…。なぜ、私は家に上がらせたのか、玄関先での立ち話で済むことではなかったのだろうか…。 ……彼とリビングでコーヒーを飲みながら自身の作品へのテーマ性の決め方について、話し合った…。 今となっては、私は一つの作品に没頭し過ぎたせいか、本来の私自身の作品性は虚ろになっている…。逆に、彼は多様なジャンルへと挑戦し、一貫性が持てずに悩んでいるらしい…。 私たちは同じくらいの年齢ではあるが、受賞歴や画の価値などを比べると、私のほうが一枚上手である事実…しかし、これは世間の評価であり、個性を剥き出しにしたエゴな作品も、ある意味…価値の付けようがない独創性をもっていることは明白である…。 彼の話を聞き続けるに…経済的困窮が垣間見えてくる…ここで、ひとやま当てたいという気持ちは十分理解できるわけだが、それを同業者の私に答えを求めるのもどうなのだろうか…。。 彼は…唐突に、アトリエを是非とも見せてくれと言ってきた…。どんな、空間でアイディアを生み出しているのか見てみたいらしい…。 「別にいいが…。」 なぜ、私はそんなことをいとも簡単に言葉にしてしまったのだろうか…。 ガチャ…。 私の部屋は、自身の作品がそこら中に立てかけられてるだけで、他の画家の作品は一切ない…独創的イメージが損なわれるからだ…誰かの模倣なんていうレッテルは貼られたくはない…。 彼は、部屋中をキョロキョロと見渡している…。…奥の窓際には先ほど完成したばかりの作品がイーゼルにのせられている。 「…そ、その作品は…?今まさに完成したものですかな?」 隠すこともなく、私はその作品を彼にさらけ出すことになってしまった…。しかし、その作品は私にとって、心の解放…少しの安らぎを得るためだけに描いた代物…。別段、個展に出展やましてや世間に発表するなどは毛頭考えてはいなかった…。 彼はその作品をまじまじと見つめ… 「こ、これは素晴らしい…!なんだか、あなた自身の覆い隠された心情が大胆に表現されてるような…。」 ガダンッ…。 私は…机にあった筆記用具スタンドを倒してしまった…。不覚にも…彼の思いがけない言葉に、動揺してしまった…。 「どうかしましたか…?」 「いえ…何でもないです…この作品が素晴らしいなんて言われるとは思ってもなかったので…。」 …他の作品には目もくれず、彼はその作品だけを食い入るように、凝視していた…。 「…ありがとうございました!なんだか吹っ切れたような気がします…気分転換ができて、新しい作品へ真摯に取り組んでいきたいと思います!…あと、お疲れのようなのでゆっくりと身体を休めてくださいね…!」 ……彼は、一体…何が変わったのだろうか…?そんなに芸術の世界は甘くはないはずだが…。。 そんな彼を見送り、私はアトリエに戻った…。。 「こ、この作品が…素晴らしいだと…。」 ぐっ…ぎりっ…彼は歯を食いしばりながら…カッターナイフを片手にもつ…。。 その手は小刻みに震えている…。その画には…1人の少女が描かれていた…。その少女は…薄い白い装束を身に纏い、首もとにアザらしきものが付いており、目に涙を浮かべながら笑っている…。満月の闇夜、公園の真っ黒な池の中心で、ボートの上で体育座りをしながら、こちらを見つめている…。 …感覚が甦ってくる…あの日…起きたおぞましい映像が私の心を逆撫でしてくる…。…どうして、お前は…そんな顔をするんだ…父さんは…父さんは…そんな娘に育てたつもりはなかったんだ…。。 ……一年前から行方不明になった娘…。 妻は、娘が居なくなったにも関わらず、冷静に振る舞う私の態度が気に入らず、家を出ていった…。離婚届を残して…。 私は、画家という仕事に没頭し過ぎて、家族の心の面倒をみることが全く出来ていなかった…。 どんなに悔やんでも…2度とあの日には戻れない…。 …一年前のあの日…娘は、家を飛び出したきり…帰っては来なかった…。雪が降り積もる…真冬の夜の出来事であった…。私は必死に走り回り、娘を探した…。 はぁはぁはぁ…!! 私は昔、家族と一緒に遊んだ公園にたどり着いていた…。そして、見つけたのだ…。娘は…ベンチに横たわっていた…。降り積もる雪が…まるで皮肉な毛布のように…彼女の幼き身体を覆い隠していた…。 私は必死に、雪を振り払い、娘の顔を確認した…。目を閉じてしまっている…コートなども羽織らずに…娘の身体は…極度に冷たい…。 私は、無我夢中で娘の名前を呼び続けた…!身体を思い切り、揺れ動かしながら…! 「…んっ…」 娘は…目を開けた…。 「…お、お父さん…?」 私は、そうだ!大丈夫か?と声をかけ、自分のジャケットを娘の身体にかけてやった…。 「…絵の具…臭い…。」 「えっ…!?」 私は、その言葉に敏感に反応してしまった…。 「わ、私…あんたの匂いが大嫌いなの!だから、家出したんだよ!…あんたの画なんか大嫌い…本当に気持ち悪い…!!」 娘は、弱々しくも…感情顕わに叫んでいた…。 その瞬間…私の中で何かが瓦解する音が聞こえた…。 私は、自然と娘の首に手をかざしていた…。 「…うっ…ぐっ…その汚い手を…早く…離してよ!!」 娘の排斥するような強気な言葉は…私の手の締め付ける力を助長させていく…。 ぐっ…ぐぅぅぅ…! 「……あっ………。。。」 娘は、とうとう私の見ている前で…生き絶えた…。娘の下半身は死への恐怖から、生理的反射でもよおしているようであった…。 私は気付けば…上にのしかかっていた…。 私は…今起きたことに頭が追い付かなかった。 唖然呆然としながら、その場に座り込み…殺してしまった…という事実を反復思考するだけであった…。 細い首を締め付けていた…手の感触はいまだに…新鮮なほど、残っている…。 ……私は……なんてことをしてしまったんだ…。。 それと、同時にこみ上げてきた…私の誇りである画家人生を終わらせてなるものか…と…。 …私は誰にも見られていないことを確認し、娘に渡そうとした上着が入っているリュックサックに公園内の煉瓦や石ブロックなど重い物をふんだんに詰め込み…娘の遺体を背負って、池まで歩いていった…。 この池は…意外と深い…。発見も遅れるだろう…。そして、遺体以外の証拠は雪解けとともに消えてなくなる…。 重量感あるリュックサックを彼女に背負わせ、そのまま、池の柵へと持ち上げ…投げ入れた…! ドボンッ…!! 闇を飲み込む…怪物のような…波紋が広がる…。 今もなお…遺体は見つかってはいない…。 娘は…凍えるような冷たさに何を思うのだろうか…。 娘の人生よりも、画家としての人生を優先してしまった…残酷な父親…いや、もはや父としての役目はある意味…終わりを告げただろう…。! ……はっと…我に返った私は、目の前のズタズタに切り裂かれた画を冷静に見つめる…。 「これで…良かったんだ…。」 作品名『少女の秘めた悲しみ』から…『無残…自暴自棄』に変更を余儀なくされるぐらいの有り様だ…。 私は…いびつに切り裂かれた画を…パズルのピースにするかのごとく丁寧に切り刻み…ごみ袋に入れ、集積場に出した…。 解放など…されていいはずがない…私は背負っていかなければならない…娘の人生まで…。 …翌朝…… 今までのように…寝つきが悪いということはなく、ほどほどに爽やかな朝を迎えることができた…。 …私は、昨日捨てた画を、娘の遺体が沈んでいる公園の池に、供養するという意味で改めて埋葬しようと思い立った…。が、そのごみ袋は既に集積車によって、回収された後であった…。 …1ヶ月が過ぎた頃… ある個展のフライヤーが目に飛び込んできた…。 ローカルニュースにもちゃっかり出演して、取材を受けてるその男は…紛れもなく、画が完成した日に私の家を訪れてきた、迷い画家のアイツであった。 私は私で、また新しい作品への構想を考えてはいるところだが、何かが気になり、次の日にその男の個展へと赴こうと思った。 『切り画芸術作品の新怪物…浮かぶ少女は何を考えるのか…』 そんな、見出しがあった…。 …次の日…不吉なニュースが流れ、私はビクッと反応する…。 『……本日朝方…幼い少女の遺体が、山奥から見つかりました…第一発見者は……左腕だけが無い状態で…』 …はぁぁ…と私は溜め息混じりに、まだだ…まだ終われない…とコーヒーを口に含んだ…。 彼は今、数少ない家族写真を注視しながら、画の構想イメージを幾重にも膨らませている…。 これを完成させるまでは…捕まるわけにはいかない…! そして、彼は身支度を整え、あの男の個展へと出発する…。絶望的な旅路になることは…決して予測できずに…。 …少し古びれた昭和の赴きを感じさせる貸店舗…収入源のあまりないような芸術家は決まって、安価な貸展示場を利用する。しかし、意外に広いわけだが…。 受付にて、観覧料を払う…。収受するのか…。 私が中に入ると、切り画で描かれた作品たちがところせましと並んでいる空間にたどり着く…。 辺り一面360度見渡す限り、壁に掲げられた美術作品たち…。 どの作品にも幼き少女たちの姿が描かれており、人物や背景など作品全体が切り刻まれ、貼り付けられている…。 一度描いた作品を小間切れにして、また、貼り直していく…作品への味わいが更に深まっていく…斬新な切り口ではあるが…。 あっ…と、一枚の作品を目にしたとき、私の背筋は凍りついた…。 「な、なぜ、この作品が……。。」 その瞬間…ポンポンと後ろから肩をたたかれる…。 「…やぁ、来てくれたんだね…。」 それは、あの男であった…。 …間違いない…彼はゴミ置場から、私の切り刻んだ画を盗み出した…。確かに、捨てたものではあるが、そのまま作品化することは芸術家として、許しがたい事実…! 「お、おい!この作品は……」 チッチッチッ…と、人差し指を立てて、大きな声を制止させる…。 「いけませんねぇ…お客様、他の人にご迷惑になりますよ…ふふっ」 彼の口許は緩んでいる…他人様の作品を飾っておいて、なんという不気味な奴なんだ…。 「……私ですね……見ちゃってるんです…。」 彼は、溜め込むように私に言葉を投げ掛ける…恐ろしく、嫌な空気を肌で感じる…。 「…そう、あれは忘れもしない…一年前の寒い寒い…冬の夜…ベンチに横たわる…少女…」 ガッ…! 私はおとぎ話を語るかのような口調をした彼の胸ぐらを強く掴んだ…! 「おっとと…困りますって…!」 バシッ…彼は私の腕を払った…。 数名の客の目線がこちらに向いている…。 「場所を移しましょう…。」 そう言って、私たち二人は会場内にある控室へと入った…。 「ど、どこまで知ってる…!?」 私は、凄味ある形相と剣幕で詰め寄っていく…! 「…恐い顔しないでくださいよ…。全部知ってます…。池にどっぼーん…するところまで…。」 「………」 「いやいや、持ちつ持たれつです!お互いに黙っていれば、いいことですから!隣人同士…同志じゃないですか!」 …私は…彼の提案を不甲斐なくも…受けざるえなかった…。 「…あなたの元作品が、今一番、好評価を受けているんですよ!!いやぁ…やっぱり、素材がいいと良質な作品に仕上がりますねぇ…あなたが教えてくれたんですよ…!必要とされる刺激だけを残せばいいと…!」 「………」 私は、それ以上…何も語らなかった…。 ……トボトボと…足元はおぼつかず…彼は、自宅へと帰っていった…。このまま、過去の過ちとともに…存在が…消えてしまえばいいのに…。 ………私は帰宅すると、パソコンを起動し、インターネットを利用する…。。こんな日は、何も考えずに…ネットサーフィンをするしかない…。そう、思ってしまった…。 ふと…ネットニュースの見出しに目がいく…。最近、世間を騒がしている…少女連続殺人事件だ…。私の娘と同じぐらいの子供たちが…次々と犠牲になっている…。 私と…この犯人は違う…!!こいつは、ただの快楽殺人鬼だ…。。 彼は、胸を強く叩いた…。 …犯人はまだ特定されていない…。足取り証拠が不十分で、捜査は難航しているらしい…。この類いの無差別要素事件は、警察も手を焼いてしまうんだうな…。 …記事を読み進めていくと、亡くなった少女たちは、みんな…身体の一部が、抜け落ちているらしい…。頭…右腕…左腕…左足……。。 なんという、残酷な……今もなお…少女たちのパーツは犯人が芸術作品として、隠し持っているのであろうか…。 ……!! …私は直感で、身震いした…。 まさか……私はさっきの奴の個展作品の数々を思い起こしていった…。。 首から上が切り裂かれた…少女。 右腕を切り裂かれた…少女。 左腕を切り裂かれた…少女。 左足が切り裂かれた…少女。 右足が切り裂かれた…少女。 …ゴクッ…生唾を飲み込む…。 各作品…連続殺人事件の少女の失われた部位と…合致する…!しかも、新たな犠牲者も…。。5人もの…幼き少女の命を奪ったのか…。 偶然かもしれないだろう…しかし、私は奴の放った言葉を思い出す…。 『…あなたが教えてくれたんですよ…。』 ……私は……自身の過ちで…怪物を誕生させてしまったのか…!? …この、凶行を止めるのは…私しかいない…! 私は覚悟した…! そして、怪物の巣まう館へと…万全の装備で向かっていった…。 ……個展の本日の営業時間は終わり、照明は消えていた…一部の部屋を除いて…。 私は…裏口のドアが開いているのを確認し、そこから侵入できた…。不用心な怪物だ…。 階段を一歩ずつ静かに上っていく…。明かりの点いている部屋のドアの前に到着する…。 …ガチャリ… ドアを開けると、驚いた表情の怪物が、お金を数えている姿があった…。 私の姿を見て、びっくり仰天する怪物…。 「…うわっ…ど、どうしたんですか?勝手に入ってこられては困りますよ…!」 「…お前は、自分のしでかしたことの罪の重さが分かっているのか…!」 怪物は冷静さを装い… 「…あぁ…気づかれてしまいましたか…。でもね、私とあなたは一緒じゃないですか?生命活動を止めて、作品にした数は関係ないですよ…。」 ギリリッ… 顎に力が入る…! …ガダンッ…! 私は…その怪物に向かっていった…! 「…なっ!なにを…!」 バチチッ…!! 怪物はいとも簡単に倒れ込む…。 「…こ、こんなことをして…私とあなたは同じ思考の持ち主のはず…。」 バチチッ…!バチチッ…!バチチッ…!! 護身用スタンガンを何度も浴びせ…怪物を黙らせた…。。 同じはずがない…。 「お前は狂うほどに、病んでいる…。」 私は、気を失った怪物をロープで縛り付け…その部屋を後にした…。 私は…もう2度と…この手で直接…人を殺めたくはない…。 ドボボッ…ビッシャァァ……怪物の館に、目一杯のガソリンを撒き散らす 。 作品全てが滅びるように…少女たちを解放するために…。殺されても、なお…他人から無限に…芸術観賞用として…覗かれるような死に恥…そんなものは……。 私は…マッチに火を点ける…。 「…熱いかもしれないけど…我慢してくれ…。」 ポイッ…ボッ…ワァァァァ…! 火葬…開始…… これで、これで、良かったんだ…。激しく燃え上がる…怪物の館…無念にも…短い命で一生を終えた…少女たち…。 その炎の唸りは…遠くで、見ていた私の目に は…少女たちの心の叫びのように写りこんでいた…。 ウーウーウー……サイレンの音の慌ただしさを後ろに感じながら…私は自宅へと堂々とした足取りで、戻っていった…。 ……翌朝…… 『昨夜、何者かが放火し…全焼…丸焦げになった遺体が…見つかりました…』 ニュースが聞こえる…。 私は、朝のコーヒーを一杯飲み干し、自らの意志で…外へと出掛けた…。 今しがた徹夜で描き上げ、完成させた画を遺して…。 ……その後、5人目の被害者となる少女の一部欠落した遺体が見つかり、丸焦げになった怪物の自宅から、少女たちの失われていた部位が冷凍保存された状態で見つかった…。 ……警察は事情聴取の後、公園の池の水を全部抜いて、遺体を捜索…だが、遺体は見つからなかったらしい…。 彼女は…私と同じに…暗くて寂しい世界を…長い時間かけて…放浪し続けるのであろうか…。 「父子揃って、闇の中か…。やり直せるなら光の中へと戻りたい…。」 ……アトリエに残された一際輝く1枚の画…そこには…家族3人が笑顔でピースサインする姿があった…。 娘も…少女たちも…怪物も…私も…永遠に光を浴びることはないだろう…。 【完】
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