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「楓ちゃん」
あたしは給水塔の螺旋階段を昇りきらないうちに、そう呼んだ。
楓ちゃんは、ぽつんと給水塔のへりに足を投げ出していた。声に気づいてこちらへ顔を向ける。暗いけれど、楓ちゃんが笑っているのが分かった。ゆっくりと風が吹いて、楓ちゃんの肩にかかった髪がなびく。
「陽たん!」
楓ちゃんの声が夕闇の空に昇っていった。あたしは手を振って駆け寄り、すちゃりと隣に腰かける。楓ちゃんは顔をくしゃりとして、笑った。
給水塔のへりに腰かけると、織笠町の全景を臨むことができる。町の半分ほどに、明かりが灯り始めている。明かりと明かりの間は離れている。小さな町だ。あたしたちはこの小さな町で生きていた。
あたしと楓ちゃん。この星の織笠町という小さな町で生まれ育った小さな命。給水塔のへりに同じ長さで投げ出した足。この足が全く違う道を歩んでいくなんて、あの頃は想像していなかった。
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