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「星、見えてきた」
うっすら、ほのかに、紫色の空に星が浮かんでいる。
「ん、まだ五個くらいやんね」
風が薫る。静かで、さらさらと葉が揺れる音が鳴っている。虫たちの声は聞こえない。虫たちも夜空に浮かび始めた星に見入っているのだろうか。遠くでワンと吠える犬の鳴き声が聞こえる。何かをねだるような鳴き声だ。こっちに昇って、もっと近くで星を見たいのかもしれない。
隣の楓ちゃんに顔を向けると、楓ちゃんはワクワクしたような顔を空に向けていた。
「あ、いや、もう十個くらい見えとるね」
給水塔に来ると、楓ちゃんは学校では見られない笑顔を浮かべていた。あの頃、小学校五年生のあたしは何で楓ちゃんが学校で笑わないのか、よく知ろうともしていなかった。あたしは楓ちゃんの周りで何が起こっているのか、よく分かっていなかったんだ。
「まだ暗くないけど、綺麗やねえ」
うっすらとした星を見ながら、楓ちゃんは嬉々とした表情を浮かべている。楓ちゃんは星が好きだった。幼い頃からずっとだ。星だけじゃない。楓ちゃんは生きるもの全てを愛していた。
だから、あたしは星を見ると今も思い出すんだ。楓ちゃんのことを。
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