原稿郵送日記

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原稿郵送日記

2019年3月19日 歩いていた。本屋まで。ツ○ヤまで。文房具屋まで。 実は、次の小説賞はなんと郵送で提出しなければならない。印刷し、穴を開け、つづり紐で閉じ、郵送するのだ。今までずっとWEBでデータ提出をしてきた自分にとって、これは初めての試みなのである。 原稿はまぁ、8割がた書けているので良いとしよう。問題は穴あけの方法だ。穴あけパンチを買わなければいけない。 以前、心理テストで「文房具に生まれ変わるとしたら、何になりたい」と聞かれたことがある。回りの友人が「シャーペン」「のり」「けしごむ」などと答える中、私は一人だけ「穴あけパンチ」と答えていたことを思い出す。いいじゃん穴あけパンチ。気持ちよさそう。 おそらく、この1回しか使わないであろう使用用途の文房具である。以前、家には穴あけパンチなるものが存在していた気がするが──おそらく10年以上前のことである。原稿用紙というもので小説を書かなくなって、かなり久しい。 そして、穴あけパンチと言うのはそれなりに重量があるものである。恐らくそれなりの値段がするだろう。私は何とかして、穴あけパンチを買わない方法を考えた。 まず第一に思いついたのは「友人に借りる」という手である。そもそも私には、「穴あけパンチを持っている友人」は皆無だ。よって、この案は却下である。(実のところ、友人達の諸事物を全て把握しているわけではないが、おそらく持っていないだろう) 他に穴あけパンチがあるところといえば、会社の事務用品置き場だが──ううむ。会社に原稿を持っていく気にはならない。長編1冊分の原稿だ。学校に日記を持っていってしまったときのような恥ずかしさになるに違いない。 やはり買うのが得策だろう。私は結論に達した。そして、冒頭に戻るわけである。私は「穴あけパンチを買いに行く」という、極めてマイナーな目的でツ○ヤに向かっていた。 はたして、文房具屋には穴あけパンチが5種類ほど売っていた。2番目に安い奴は500円程度だったので、それを買う。穴を開けたあと、原稿を綴るのに使う「黒いつづり紐」はいくら捜してもなかったので、店員さんに場所を聞いた。さて、準備は整った。 3月23日 Wordファイルを縦書きにして、アラビア数字を直して、pdfに変換して、文字数を整えていたら、あっという間に時間がたってしまった。 ちなみにOfficeのWordでは、pdfに変換すると、罫線のタテヨコが逆になる。バグらしい。はやくなおしてくれー。 ちなみに、行と縦を、指定された行数に直して縦書きにすると、私の原稿は丁度100枚になった。これはきっとイイコトがあるに違いない。 さて、WEBで提出するのとは違って、原稿の郵送にはひと手間かかる。まずは、丁度100枚の原稿どのぐらいの重さになるのかわからないので、料金はどのぐらいになるかわからないこと。つまり、切手が貼れないのだ。ちなみに、我が家には穴あけパンチもなかったが、グラム秤機もない。 そして、郵便局に平日に行かなければならないのだが、ここで問題が発生する。職場は郵便局から遠いのだ。すなわち、『郵便局タイムアタック』が必要なのである。 25日は用事があるため、決行は26日である。 3月24日 今日はコンビニで原稿の印刷を行う。我が家には穴あけパンチも、グラム秤機も、そしてプリンターもないのだ。なんもねえなこの家。 USBにpdfデータを入れて、ファ○マのコピー機に持っていく。しかし、なんということだろう、ファ○マの印刷機は30枚以上の原稿は一気に印刷できないのだという。マジかよ。おのれ。そんなのネットに書いてなかったぞ。「両面印刷をご利用ください」じゃねえぞ。原稿だぞ。 すぐさま家に帰り、つけっぱなしのPCをいじり、フリーのpdf編集ファイルを落とし、『1-29ページ、30-59ページ、60-89ページ、90-100ページ』のファイルを作成した。 そのあと、同じファ○マに何食わぬ顔で訪れ、USBをぶっさし、印刷形式を何度も何度も確認してから、1枚10円……すなわち1000円かけて原稿を印刷した。 不思議な感じだ。私が、ぺこぺこと電子上で打っていたデータが、質量を持って、この世にエンコードされてくる具合は。 さっきまで、私が何十時間もかけて書いた原稿の価値は0円だったが、少なくともこれで、紙代の1000円は価値があるのである。不思議だ。 印刷には暫くの時間が必要であり……──具体的に言うと、待ち時間にディスプレイに出てくる間違い探しが六順する時間──……の末、私は私の原稿を手に入れた。コピー用紙はぴかぴかとしていて、ほかほかとしていた。思ったより質量があるけれども、想像していたよりも薄い。紙ってすごい。 あらかじめ用意しておいたクリアファイルにそれをはさみ、大事に抱えながら、私はコンビニでコーヒーを買った。自分で書いた文章が印字されるのは、なんだか恥ずかしいような、照れくさいような、恥ずかしいような、照れくさいような。とにかく恥ずかしい。 私は家に帰ると、汚さないように気をつけながら、印字されたコピー用紙を綺麗に並べなおして、それから1ページ目から自分の原稿をざっと読んだ。 印字したら誤字が目立つかな、と思ったがそうでもなかった。実際は多少誤字脱字はあるのだろうが、私の目は節穴なのだ。原稿を汚したら嫌なので、別のテーブルにコーヒーを置いて、作業しながら飲んだ。 それから穴あけパンチの位置を試してから、一度には穴が開けられないので、何回かに分けて原稿の右上に穴を開けた。しかし、穴あけの位置はここであってるのかな?なんだか不安になる。 それから黒いつづり紐を出して、ググっても留め方が分からなかったのでリボン結びにし、またページ枚数を確認した。クリアファイルにギリギリ入ったので、クリアファイルごと郵送してしまうことにする。A4サイズの封筒にも入るようだ。 さて私は、そこで気づいた。封筒に宛名を書く、マジックペンがない。さっきのファ○マ買って来れば良かった……。 3月25日 食料買出しついでにサインペンは買った。しかし丁寧に大きな文字を書くのだなんて久しぶりだ。 東京都、はズレた。××区、こんな区あるんだ。……○○賞係御中。あってるのかなコレ。裏には自分の住所を書いて、これで準備は整った。 クリアファイルに入れた原稿を封筒の中にいれ、丁寧にのり付けする。(糊もないかと思って一瞬びびった。本当にこの家には文房具がない) 見返すと直したくなるので、原稿はもう読まない。 原稿の出来はどうだろうか?何度も読み直したので、もうなんだかよくわからない。面白いといえば面白いし、クソつまらないといえばクソつまらないし、初々しいといえば初々しいかもしれない。 ピッタリと封をしめ、封筒口には〆のマークを書いた。(いつも思うがこの意味はよくわからない。はげるとどうなるんだろう) 少し大きな、硬いファイルに封筒をはさみ、玄関においておく。明日これを出しに行くのだ。 3月26日 夜に用事が出来たので、退勤後、営業時間ギリギリの郵便局へ封筒を預けに行った。原稿を入れたカバンはなんだか重かった。 「明日発送になりますがよろしいですか?」の声に頷き、料金は570円であった。百円玉5枚と、10円玉6枚と、5円玉2枚を出した。細かい。 そうして郵便局のおじさんが封筒を預かって、原稿の封筒が後ろの郵便ラックに投げ捨てられるのを見てから、私は郵便局を後にした。 <終>
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