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まるで遠近法のお手本のような光景だった。左右にそびえるビル群。眼下の歩道に立ち並ぶ、申し訳程度の街路樹。その消失点のあたりから、純白の雲がまるで立ち昇る煙のような格好で、雨上がりの鮮やかな青空に広がっている。太陽はすでに高い。
申し分のない夏の朝だった。たとえこの先、酷暑に悩まされることがわかりきっていたとしても、その真っ青な空は恩寵の如く感じられた。
太陽だけが、俺たちの地元と同じだ。
ビルのガラス窓に映る雲や、歩道を行き来する歩行者を眺めながら、俺はしばし駅へと通じる高架の連絡通路に留まっていた。ついさっき、ホテルをチェックアウトしたばかりだ。
さっきから提げたバッグや肩に、ひっきりなしに通行人がぶつかっていく。ここでは誰も、立ち止まって空を眺めたりなどしないのだ。
いや、そうでもないのかな。
傍に立つひたきを見ながら、そう独りごちる。
「なんか言った?」
「いや、別に」
あの夏から、一年が経つ。
俺たちは揃って、東京の然る大学に進学していた。今は夏休み。バイトやサークル活動を言い訳にこちらにずっと留まっていたいのだけど、ひたきは許してくれそうにない。
正直に言って、帰省するのは怖かった。
あのトンネルには、二度と足を踏み入れていない。トンネルばかりではない。水車小屋も汽水域も、あいつと別れて以来、すっかり足が遠のいてしまった。ともすればあいつの不在を思ってしまって。
この喪失感に、一生苛まれることになるのだろうか。サマーロス症候群とでも言うべき、喪失感に。
「綺麗だね」
俺の拘泥を知ってかしらでか、ひたきが呟く。
「そうだな」
「そろそろ行こうか」
「ああ」
手すりから身をもたげたその時、白いものがひらめいたような気がした。
はっとなる。
「どうしたの?」
連絡通路の一端を呆然と見つめる俺に、ひたきが尋ねる。
「いや」ややあって、俺はそう答えた。「なんでもない。ただの気のせいだ」
「知り合い?」
「見間違いだな」
黒髪に白のワンピースの女なんて、どこにでもいるもんな。
そう自分を納得させつつ、俺は幼なじみと共に、ゆっくりと駅へ向かう。
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