3/12
前へ
/43ページ
次へ
 中三の初春、ある朝担任が淡々と名簿を読み上げる声が響く中、教室の後ろの扉が鈍い音を発し、皆一斉に振り向くと、顔を真っ赤にした女生徒が現れた。  大河内である。  彼女はいかにも先ほど起きたばかりといった感じの出で立ちで、寝癖も直す暇がなかったのか、ショートヘアの頭部は跳ねまくり、制服も取り合えず引っ掛けて来たようでボタンが掛け違っていた。 「大河内、遅刻だな」  担任がぼそっとつぶやき、名簿にチェックした。  悟史はその時あらためて彼女を見た。  まずこれといって顔や容姿に特徴がない。  中肉中背、丸顔で童顔。クラスによくいるタイプであった。  多少、目がくりっとしている程度だ。  悟史にとっては十羽一絡げの部類であった。  まだ校庭に桜が舞い散るほどこのクラスになって日が浅く、悟史はおおかた男子生徒の名は覚えたが、女子に関しては半分ほど、それでも苗字がやっとだった。  確か彼女は、中三になって初めて同じクラスになったという認識しかなかった。  大河内は、「すみません」と蚊の鳴くような声であやまり、こそこそと自分の席へ向かった。  恥ずかしそうに腰を低くしながら彼女が向かったのは、よりによって教室のほぼ中央の席だった。  一番目立ちたくないだろうに、周りのクラスメイトは面白半分でその姿を目で追っていた――。  彼女は席に着くと、しばらくは体を丸め小さくなっていたが、そのうち鞄から鏡を取り出し、恥ずかしそうに身だしなみを整えた。 ――なんだ、あいつ。  少なくとも彼女はこの日、悟史の中で“その他大勢のうちの一人”という枠組みの中、もっともクローズアップされた人物であった。
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!

52人が本棚に入れています
本棚に追加