おさんぽ。

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 ***  たくさん歩いて、買い物をして、少し疲れたので入ったドーナツ店。全国展開のチェーン店であるここも、残念ながらこの町には一軒しかない。 「すみませーん!ハニィドーナツと、ミルクドーナツくださ……わぁっ!」  お店の中に向かって言うと同時に、私はつるっと滑って転んでしまった。店の入り口に置かれていたマットがぴょーんとカウンター近くまで飛んでいってしまう。ちゃんと固定しておいてほしいなあ、と思いつつ。振り返って私はため息をついた。  マットも床もだいぶ濡れている。昨日は昼まで雨が降っていたし仕方ないことかもしれない。ため息をひとつついて、私はドーナツをもう一度選ぶことにした。さっきは、子供の頃から好きだったドーナツ二つを選んでしまったが、よく考えてみればあれから何年も過ぎている。同じ種類はもうないかもしれないし、逆に新商品もあるはずだ。  品出しが遅れているのか、ドーナツの棚はあちこち開いてしまっていた。それでも、私はひとつのドーナツを見て目を輝かせる。  春に相応しい、真っ赤なイチゴチョココーティングをしたイチゴドーナツ。これが一番美味しそうだ。私はトレーにそのドーナツと、先程注文しようとした二種類のドーナツを乗せてカウンターに置く。 「すみません!この三つくださーい!」  スマートフォンがテカテカ光っていることに気づいたのは、席についてドーナツを食べ始めてからのことだった。東京にいる母親からのメールである。ここ最近、私が沈んでいることに気付いてか、彼女は頻繁にメールをよこしてくれていた。 ――あー……心配かけちゃってるなあ、お母さんに。 『ミキちゃんが●●町に飛ばされてから三年だけど、まだ戻っては来れないの?』 『最近電話で声が沈んでいたから心配してます。見たら返信してね』 『ちゃんと家には帰れてる?ご飯食べてる?無理はしないで』 『お願いだから、ミキちゃんはヤス君みたいにならないで。駄目だと思ったら、いつでも帰ってきていいからね』  そういえば、昨夜はまるで返信できなかったのだった。さすがに申し訳ない気持ちになる。彼のことがあってから、母の心配ぶりは尋常ではなかった。あまりにもよそ者に冷たい町で、厳しい会社で、一人になってしまった私がどうなってしまうのか気が気でなかったのだろう。  ちゃんと昨日のうちに返してあげれば良かった、と少し後悔する私である。もしかしたら母も昨夜眠れなかったかもしれない。はらはらしている彼女とは裏腹に、休みだ休みだと爆睡していた自分がなんだか無性に恥ずかしくなってくる。 ――ごめんねお母さん、心配かけちゃって。  さく、と乾いたドーナツを一口かじると、私は人差し指で文字を打ち始めた。
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