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一ヶ月後。
日本からの直行便がないため、飛行機を乗り継いで南太平洋に浮かぶ超高級リゾート星空島に到着した。そこは、エメラルド色の海と白い砂浜が広がる、まさに楽園の島だった。
ホーキンズ財団の腕章をつけた若い男がにこやかに迎えてくれた。
「ようこそ、星空島へ」
招待された客は俺ひとりだけではないようだ。富裕層観光客や高級ブランドのスーツを着こなしたビジネス客に混ざって、いかにも貧乏くさい格好の人たちがいた。あまりにも普段着っぽいので、逆に目立っている。
不慣れな土地のせいか、あっちをきょろきょろ、こっちをきょろきょろしているから、すぐにお仲間だとわかった。十四、五人いそうだ。
「当選された方は10組でございます。単独の方も1組としてみておりますので・・・ご夫婦、親子の方もいらっしゃるのですよ」
案内の男は慇懃に説明しながら財団ロゴ入りの小旗を振った。
貧乏くさい集団が寄って来た。
品のよさそうな老夫婦。
眉間にしわを寄せたまま顔のかたちが固まってしまったような婆さん。
厚手のコートを着込んだまま、暑い暑いとぼやいている初老の男。
チェック柄のシャツにジーパン姿のゲームオタク系のあんちゃん。
ドーナツみたいなサングラスをかけ、肌がたっぷりと露出したショートパンツの若い娘が、後ろの方でスマートフォンをいじっている。
白のブラウスにジーパンの三十路くらいのやせた女が、落ち着きなさそうに周囲を見回していた。
俺はそれ以上の観察をやめた。
財団の案内人が点呼をとりはじめた。名前を呼び、リストの顔写真と照合していく。五分ほどで終わった。
「皆さま全員揃いましたので、これからホテルに向かいます。私は皆さまのご案内をさせていただく、小林アキラと申します。どうぞよろしく」
財団の担当者は頭を下げた。
我々はリムジーンバスに乗せられて、島の奥に向かった。赤いハイビスカスの群生が目にも鮮やかである。ホテルは島の最も高い場所にあった。四方の海が見渡せる、いかにも贅沢で洒落た建物だった。
中に入ると大理石が敷き詰められた広いロビーがあり、トパーズ色の照明が降り注ぎ、色とりどりの花で飾られたフロントカウンターが見えた。ロビーのソファやテーブルも最高級品なのだろうが、俺はただ眼がくらくらするだけだった。
天井を見上げた。そこにあったのは豪華なトパーズ色のシャンデリアではなく、天まで届きそうな吹き抜けだった。太陽の光が瀑布のように流れ落ちてきて、まわりを明るくしているのだ。どうやらホテルはラウンド式の構造になっているようだ。客室は東西南北に面したオーシャンビューなのだろう。
「チェックインは私がやりますので、終わるまでくつろいでいてください」
小林アキラが言ったので、招待客たちはそれぞれ自由に動きまわり始めた。 老夫婦はふかふかのソファのお陰で身体が沈んでしまって手足をバタつかせ、しかめ面の婆さんはトイレはどこかと大声でポーターを呼びつけ、厚手コートの男は、暑い暑いとまだぼやいている。あとの連中はもうどうでもよかった。俺としては、早く部屋に入ってシャワーを浴びてゆっくりしたいところだ。
ボーイがウエルカムドリンクを用意してきた。南国フルーツをトッピングしたフレッシュジュースだった。涼しそうなカットグラスに丸い氷が浮かび、爽やかで甘い香りが漂う。
楽園の味とは、こういうものなのだろうと思った。
しばしくつろいでいると、マリンブルーのジャケットを粋に着こなした男が現れた。年は四十代半ば、背はすらりと高く、頭は短く刈り揃え、日焼けした彫りの深い顔立ちは西洋人を思わせたが、発した言語は日本語だった。
「本日は遠路はるばるようこそ」
この男こそ、メガセレブのフリント・ホーキンズ金田氏だった。社交辞令的な挨拶と招待客同士の自己紹介が終わると、氏はすぐに本題に入った。
「えー、ただ100両金貨を差し上げるのも、無味乾燥です。そこで趣向を凝らすことにしました・・・」
そら、きた。
俺は心の中で毒づいた。
だいたい、そうなるんだ。
みんなも一斉に身体を固くしているのがわかった。
我々は別室に通され、そこでとんでもない説明を聞く羽目になった。
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