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「酔っぱらい」 あたしにしかわからないくらい、微かな声で囁いてから、けいちゃんは抱いてたあたしの肩にぐっと力を込めた。 キスされる。 恥ずかしくって、反射的に目をつむった。囃し立てるような声や、小さく息を飲む音。瞼を閉じてても、周囲の様子は簡単に想像ついた。 でも、けいちゃんの唇はあたしの唇には降りてこなかった。 「いた…っ」 あたしは思わず呟いて、痛みを覚えた場所を擦って、鏡を取り出した。 けいちゃんの歯の形が浮き出るくらい、思いっきり鼻を噛まれた。ひどい、痕残ってる。 「納得した?」 あたしから離れると、けいちゃんはその先輩に尋ねる。先輩の方が、真っ赤な顔して、こくこくと頷いてた。 「じゃ、お騒がせしました」 あたしの分の会計だと五千円札を彼女に渡して、一礼してその場を去るけいちゃんの背中を、もつれる足で追いかけた。 アルコールで火照った身体に、春の夜の空気は冷たくて、まるで夢から醒めたみたい。 「けいちゃん、痕残ってるんですけど」 「…マジでベロチューでもされた方が良かった?」 「…それも嫌」 「俺の信頼木っ端微塵に砕いたんだから、それっくらい軽いもんだと思うけど?」 無造作にポケットに手を突っ込んだまま、けいちゃんはぶっきらぼうに言う。いつもなら手を繋いだり、腕を組んだり、離れて歩くことなんてないのに。 別々のシルエットが寂しく、夜のダークグレーの舗道に伸びた。 わかってますよ、あたしが悪いって。 「あたし、もうあそこ行けない…」 自分で招いたことなのに、あたしは恨みがましくけいちゃんに言う。 「……」 何か言いたげに、口を開きかけたけいちゃんは、足をふいに止めた。けいちゃんの視線の先には、倉木先輩がいた。 「これ…っ、今回は1年生の分の会費はナシなんで、お返しします」 そう言って、さっきけいちゃんが渡したお札を、そのまま倉木先輩はけいちゃんの手に戻そうとする。 「いいですよ」 「いや困ります」 お互い押し付けあってから、けいちゃんは仕方なく、それをまたお財布にしまう。用が済んだあとも、倉木先輩はまだけいちゃんを見てた。 「…あと、こんなこと僕が言うのは僭越ですが、千帆ちゃん。サークルへの参加、認めてあげてくれませんか?」 「せ。先輩…っ」 今ここでその話はやめてほしい。 「やりたい、ってさっき言ってたじゃん」 「言いました…けどっ」 けいちゃんは、憮然とした顔のまんま、あたしと先輩のやりとりを聞いてから、ゆっくりと口を開いた。
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