二.モンヂとディト、つむぎの社、つむぎびと

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二.モンヂとディト、つむぎの社、つむぎびと

大小の工場や家屋がひしめく、煤けた工場街の一角にある比較的大きな鉄鋼加工場の鍛冶場で、革のエプロンを下げた長身の男子が真っ赤に焼けた細長い鉄板に向かって金槌を振り上げていた。 渾身の力を込めて金槌を叩き付けると、鉄板から激しく火花が飛び散る。 「ちっ……」 いつものことながら持ち込まれる鉄の質の悪さにうんざりする。 製鉄の段階で丁寧に仕上げていればこうはならないはずなのだが、どうせ加工場で鍛鉄するのだからと、製鉄場では最終製品に近い形状の鉄板を雑に鋳造して加工場に回すのが当然となっていた。 そのまま数回、同じように思い切り殴り倒すが、火花の量は大して変わらない。 鉄の温度が下がってきたので炉へと向き直り、左手の鍛冶ハサミで鉄板を火中に支えながら、足踏みのふいごを勢い良く何度も踏みつけて火力を上げた。 やがて鉄板が赤色から黄金色へと強く輝き始めたところで素早く炉から取り出し振り返ると、背後に備え付けてある金床に置き再び金槌を叩き付ける。 何度かそれを繰り返すうちに火花の量が少しずつ減り始め、やがてほとんど出なくなった。 そこで頭上高くに張られたワイヤーに吊り下げてある製造指示書を確認し、金床と隣の作業台の上で何度も道具を持ち替え、必要に応じてまた加熱しつつ、叩き、曲げ、伸ばし、穴を穿ち、溝を掘り、角を取り、時折寸法を測りながら、指示書に示された製品形状に近付けていく。 「っしゃあっ!!もうこれで終わりだな!? 全部研磨に回すぞ!?」 男子が製品を「研磨行き」と書かれた箱に収納し、怒声と共に掴んでいたハサミを棚に放り投げると、ハサミは小気味良い音を立てて収納箱に収まった。 そのまま勢い良くエプロンを脱ぎ捨てるが、 「あぁ、でもモンヂ、お前今日配達だぜ」 隣の炉の掃除をしていた同僚が振り返りもせず淡々と言い放つ。 「はぁ!?徹夜明けだぞ!?嘘だろ!?」 「よくあることじゃねぇか、ほら、早くしねぇと、締め切りは二時じゃなかったか?」 「あぁー、くそ、さっさと帰って一杯やって寝ようと思ってたのによぉ……」 十二時前を指している時計を睨みながらモンヂが大きくため息をつく。 「はは、行ってからそうしろよ。 せいぜい往復二、三時間じゃねぇか。 じゃ、俺は帰るぜ」 掃除を終え道具を片付けると同僚はさっさと帰って行った。 「ちっ、くそ……しゃあねぇ……」 研磨行きの箱を台車で隣の研磨班の元へ届けると、二人のやり取りを聞いていた中年の作業員が、 若ぇんだから余裕だろ、 とモンヂの肩を叩いて送った。 再びため息をつきながら辿り着いた搬入出口には、組立工場に納品する製品の入った大小の箱が積まれ並んでおり、モンヂはそれらを外の荷車に整然と積載し大きなシートをかぶせてきつく縛ると、裏から自分の自転車を持ってきて荷車の引き手を自転車の後部に取り付け、 「くそ、重てぇ……いいかげん馬で運ばせろっての。 ハングの野郎、ケチりやがって……」 工場長の陰口を叩きながら自転車を漕ぎ出した。 モンヂの働く鉄鋼加工場があるダートバングは雑然として道も悪く薄汚れた雰囲気だが、製品の届け先であるガンリットは全体的に整然と美化整備され石と鉄で構築された四角く平らな景観が広がっている。 そのガンリットの中心付近、大通りに面して様々な商店が立ち並ぶ一角で、縫製用品店の前に停められた荷馬車に向かって、店内から黒い制服の兵士が歩み出てきた。 「ディト様、店の者に聞きましたところ、こちらの中のどれかではないかと」 兵士が、荷馬車の荷台でシーツにくるまって身を隠すように横たわっている娘に、少しずつ大きさの異なる木製の棒のようなものを幾つか乗せた手のひらを差し出すと、娘はそっと半身を起こし荷台の縁から顔だけ覗かせ、 「クノパト様……? あぁ……ありがとうございます……。 こちらのいちばん小さなもので結構ですので……。 念のため三十ほどお願いできますでしょうか」 と、ほっと安堵の表情を浮かべたので、クノパトも一安心といった様子で笑顔を向けた。 「了解致しました。 ではご用意して参りますので、今しばらくお待ち願えますか」 「はい……よろしくお願い致します」 ディトは店内に再び消えていくクノパトの背をしばらく眺めていたが、目線を外すと周囲の雑踏をシーツにくるまったままゆっくりと見回し、荷馬車の前を過ぎ行く老若男女の顔を順に見詰め、しかしすぐに疲れた様子で視線を地面に落とした。 目眩のような焦燥を覚え店内に視線を戻すも、クノパトは奥でまだ何やら店主とやり取りをしているようだった。 その背を見詰めていると、ふいに視界に人影が割り込み、 「お?なんだよ、荷馬車に若い女が乗ってるぜ?」 「はは、どっかに売られていくんじゃねぇのか?」 荷馬車の荷台で若い娘がシーツにくるまっておとなしくしている姿に気付き、面白がって数人の若い男子が近付いてきた。 突然のことに何事かも把握できず、目を見開いて静止しているディトに、 「よぉ、ねぇちゃん、そんなもんかぶって、寝起きか?」 「お、そんならもしかして中、服着てねぇんじゃねぇの?」 「おぉっ?マジか?確かめてみようぜ」 まだ陽も高いというのに泥酔している様子の彼らは、馬鹿みたいに大声を張り上げふらつきながら迫り腕を伸ばしてきた。 身をこわばらせ思わず目を閉じたディトだったが、 「ってぇなコラッ!?」 「いや……っつーか何やってんだ?お前ら。 うーわ、酒臭ぇ。 無職が昼間っから酔っ払ってナンパとは、その余裕をちったぁ仕事に向けらんねぇもんかねぇ」 何か別のやり取りが始まったような会話が耳に入り、そっと目を開けると、 「あぁ!? るっせぇな、ぶっ殺すぞ……って、モンヂ!? なんでてめぇがこんな所にいやがる!?」 「は? 仕事に決まってんだろ、暇人が。 いいからもう帰って職でも探しやがれ。 この子も困ってんじゃねぇか」 いつの間にかその場に新たに加わったモンヂと呼ばれる長身の男子が彼らと自分の間に割り込み、こちらに向かって伸ばされていた腕を掴み振り払いながら荒々しい口調で言い争っていた。 「ちっ!調子乗んなよ、てめぇ!」 「あ?やんのか? こっちゃお前らが遊び呆けてる間に馬鹿みてぇな重さの鉄の塊を運んだりぶん殴ったりしまくってんからな、勝ち目はねぇと思うぜ? しかもそんな酔っ払ってて」 モンヂのそのあからさまに馬鹿みたいな筋力を備えていそうな腕を見て、背筋に冷たいものが走った若者たちは、少しずつ後ずさりしながら、 「くそっ、酒さえ飲んで無かったらなぁ!!」 「ちょっと働いてるぐらいで調子乗んじゃねぇよ!!」 「二度と俺らの前に現れんじゃねぇぞ!わかったな!!」 などと言い放って足早に雑踏の中へと逃げ込んで消えていった。 「すげぇな、もう恥ずかしいとかそういうのすらねぇんだな……。 まぁいいか、どうでも」 呆れ果てた様子でそれを見送っていたモンヂだったが、荷馬車へと振り返り、 「大丈夫か?」 と荷台で固まっているディトに声を掛けた。 「あ……あの……わた……わたくし……あ……あ……」  動揺しながらもなんとか返事をしようとディトが声を振り絞っていると、 「何をしている!!」 店の中から黒い影が走り出てきて、モンヂの肩に手を掛け荷馬車から強く引き剥がした。 「っとぉ!?なんだてめぇ!?いきなり何しやがる!?」 思わぬ力にふらつき後ずさりながらも、地に倒されるのはこらえたモンヂが声を荒げたが、黒い影は荷台の娘とモンヂの間に立ちふさがって背を向け、 「大丈夫ですか?何かされませんでしたか? 申し訳ございません、私が手間取り遅くなっていたばかりに、このような汚らわしい者とお関わりになるようなことを……」 などと娘に侘びていた。 「あ……あの……いえ……そうではなくて……。 いえ……その……よくはわかりませんが……その方は……わたくしを……守ってくれたのでは……ないかと……」 「そうなのですか!?」 困惑しながらも必死に状況を説明するディトの言葉にクノパトが振り返り、 「そうなのか……? そのような身なりをしているから私はてっきり……」 眉間に皺を寄せて怪訝そうに汚れた作業服を身に纏うモンヂを下から上へと窺う。 「あぁ!?馬鹿にしてんのかてめぇ!」 見下すような物言いの男の胸に光る金の紋章が上流階級感を誇示しているようで、なおさら鼻につき不快感をあらわにするモンヂだったが、まるで意に介さない様子で、 「そうか…… このような者たちと関わり合いになるだけでなく、介助の手まで借りることになろうとは……。 あなた様をお守り致すのは私の役目であったというのに、なんという不甲斐ない不手際……。 誠に申し訳ございません」 言いながらモンヂを無視してクノパトはディトに向かって深々と頭を下げた。 「この野郎、頭下げんならこっちだろうが!」 しかし怒鳴るモンヂなどもはや存在しないかのように黒服の男は、 「さぁ、急ぎ社へ戻りましょう。 これ以上薄汚れた下町の下賤な輩たちの毒気にあてられては、お体に障りましょう」 「あの……いえ……わたくしの方は……大丈夫のようですから……」 「いえいえ、大事な御身、私の愚鈍にてお壊しになられたとあられては申し訳が立ちませぬゆえ」 と御者台に向かった。 「おいおいおい、人のことシカトして何勝手に盛り上がってんだよ!!」 無視したまま早々に去ろうとするクノパトにモンヂが詰め寄り、その肩を強めに掴んで引っ張ったが、クノパトはびくともせずに、 「なんだ、お前まだいたのか。 用など無かろう、我々に構うな。 急いでいるのだ」 と振り返って言い放ち、肩の手を払うと御者台に上がりかけたが、ふと何かに気付いたようにモンヂの前に戻ると、 「そうだな、我々がここにいたこと、お前が関わったことも、本当はすべて忘れてもらいたいのだ。 この程度で下町者の軽い口に蓋をするのは難しいかも知れぬが、そこを何卒頼まれてくれるか」 懐からひとつかみの銀貨を取り出してモンヂの作業着のポケットに押し込むと、流れるような身のこなしで瞬時に御者台に上り、 「では、しっかりとお掴まりください!出発致します!」 そのままモンヂの方は振り返りもせずに荷馬車を走らせ始めた。 あまりの事の早さに、半ば呆然としながら去っていく荷馬車を見送っていたモンヂだが、走り出す瞬間にこちらを見た荷台の娘と目が合い、 かわいい……。 シーツにくるまり、猫のような丸い目でこちらを見詰める娘を見て思う、が、 けど……完全に目は合ったはずなのに頭は下げねぇ……。 と同時に、黒服の男の言葉や態度が蘇り再び怒りがこみ上げてきた。 ふ……ざけんじゃねぇぞ、あの野郎!! 馬鹿にしやがって!! どこぞのクソ貴族だかなんだか知らねぇが調子乗ってんじゃねぇぞ!! 馬鹿みてぇなスカしたツラしてかっこつけやがって、金握らしゃ下町もんが簡単におとなしくなるとか勘違いしてナメてんじゃねぇ!! 気に入らねぇ!! この金あの顔面に叩きつけて一言カマしてやんねぇと収まんねぇわ!! 自転車から素早く荷車を外すと店の入口の脇に乱暴に蹴り込み、 「これしばらく頼むわ!!」 店の中へ叫び自転車に飛び乗ると、 「待ちやがれコラァッ!!」 モンヂは視界の遙か先で今にも消え入りそうな黒い点と化している荷馬車の後を猛然と追い始め、何事かと出てきた店主が首を傾げながらその背を見送った。 十分ほど大通りを激走し、さすがに追い付くことはできなかったものの、なんとか見失うことも無く荷馬車を捉え続けていたモンヂだったが、下町との境界線であるセルド大街道を越えて貴族街に向かうと思っていた荷馬車は、途中で進路を変えてしばらく走った後、木々の生い茂る森の中へと入り視界から消えた。 リトミルトの森?上町じゃねぇのかよ……? 荷馬車が消えた辺りまで辿り着くと、森の中へと入る不自然な舗装道と、少し先には立入禁止という札を下げて張られたロープが目に入った。 ここに入ったっぽいけど……マジか、なんだこの道? 立入禁止って……まさかこの森丸ごと貴族の別荘地とかになってんのか? ロープの前でどうしたものかといったん停止すると、静かな森の奥からは馬車が走っているらしき音が木々のざわめきの合間に聞こえてくる。 ま、いっか、こんなロープごときで止めてんだ、大したもんじゃねぇだろ。 モンヂは即断するとロープをくぐりその道の奥へと走り始めたが、道はゆっくりと傾斜を帯び始め、 延々続く坂道にやがてペダルを漕ぐ足も凌ぎ難くなり、道から少し離れた茂みに自転車を引きずり込んで寝かせると、大きく息をつき大股で歩き出した。 途中何度かこの登山に馬鹿らしくなり引き返しかけたものの、何年振りかわからないほど久し振りに鉄臭い下町から離れて森の中を歩く心地良さも手伝い、小一時間が過ぎた頃に辿り着いた山頂で、 「うぉっ!?なんだこれすげぇな、城かこれ!?」 広大な敷地を取り囲んだ木塀の向こうに建つ広大な屋敷を前に、モンヂは思わず驚きの声を上げた。 「マジかよ……こんなもん…… うちの工場丸々入れてもまだ余裕あんじゃねぇのか……? まさかこれが……あいつらの家……か……?」 あまりの規模の違いに呆然とするモンヂだったが、屋敷を取り囲む塀の門に見覚えのある黒服を一人発見し、 「あいつか?……いや、違ぇな…… ってか……あれ、銃じゃね……?」 走り出ようとして気付き、慌てて木立に身を隠す。 何だここ……? いくら貴族の屋敷だからってあんな兵隊みてぇの置くか? いや、それは置くかも知んねぇか? よくわかんねぇけど……つーかどうしようかな、たぶんあの中に入ったんだろうけど、正面から行ってもなんか下手したらぶっ殺されんじゃねぇのか……? どうしたものかと周囲を見回すと、屋敷は山頂の草原に建てられているが、少し離れた所にはかなりの高さの巨木がいくつもそびえ立っている。 いったんちょっと中がどうなってんのか見てみるか……。 届きそうだったら上から銀貨投げ付けてぶつけてやろ。 と茂みの中を手頃な枝の生えた巨木の元へと走り抜け、木登りなんてのも何年ぶりだろうな、などと思いながら、あっという間にその頂に向かって駆け上っていった。 やがて陽も暮れ深い森は闇に包まれたが、屋敷の室内や中庭は石炭灯で明るく照らされており、高い木の上から眺めているモンヂには思いのほか屋敷の様子や人の動きはよく見えた。 屋敷は一階建てだがかなりの高さと広さがあり、正方形の中庭を二重に取り囲むように建てられているらしい。 その向こうに少し離れてもう一つ四角い建物も見える。 よくわかんねぇけど、貴族の別荘にしちゃなんか不自然……だよなぁ……。 何人か黒服の兵隊が回ってる以外は、外の建てもんから中庭の奥にずっと変な箱が出たり入ったり、メシ炊いてるニオイはすっから人が暮らしてんのは間違いねぇけど、それにしてもこっから見てた限り家の中にゃ誰も見かけねぇし……。 陽が暮れるまでに兵士の中からさっきの男を見付けようとしたが、この距離ではさすがに似たような格好をした兵士一人一人を判別するのは難しかった。 徹夜明けの眠気にも襲われつつある中、どうしたものかと考えていると、ずっと誰の姿も無かった部屋の窓際に赤い人影が進み出てくるのが見えた。 静かに外を眺めているその人影は、はっきりとはわからなかったがさっき街で見かけた娘のような気がする。 赤い服の娘はやがてそのまま窓際に座り、本か何かを読み始めたようだった。 他に人影は無い。 うーん、どっちかっつーとあの黒服の方に用があんだけどどれがあいつだかわかんねぇし、正面から適当な他の黒服に話しかけても追い返されるだけな気がするしな……。 ま、いっか、どうせなんか仲睦まじい関係なんだろうし、とりあえずあの女子の方に話付けて金返して帰るか? この造りだったら、なんかこう、けっこう簡単に屋根から入れそうだし。 野生動物のような素早さで木を降り、暗闇の茂みの中を小走りに抜けて娘の姿のあった側の建物に回り込みながら、 なんかガキの頃みてぇだな、よく勝手に工場に忍び込んで怒られたりしてたなぁ。 幼少を思い出し懐かしさと馬鹿らしさに思わず口元がほころぶ。 屋敷の外周を囲む塀に近付き耳を澄ませて人の気配を確認するが、それらしき音は全く聞こえない。 一度大きく深呼吸すると、自分の背丈より高い塀の縁に飛び上がり手を掛け、一気に体を持ち上げて右脚を乗せた。柵の上部には一定の間隔で鋭い棘が空に先端を向けていたが、足を掛けるには充分に間があるため、侵入防止としてはあまり意味を為してはいなかった。 塀の内側の広い通路を見回し人の気配が無いことを確認すると、静かに塀から飛び降り建物の窓へと駆け寄る。 すげぇな、これ全部木製か? よくこんな手の混んだもんを……どこの職人の業物だ? 感心しながら複雑な細工を施された窓枠に触れると、完全に壁と一体となっているように感じるほどに、力を込めてもびくともしなかった。 窓の向こうの室内には一つの灯りも人影も無く、静まり返っている。 やっぱりこりゃ外側の建てもんの方か……。 じゃあ、しょうがねぇ。 数歩下がってから助走をつけ、飛び上がり左右の窓枠を掴んで体を引き上げるとつま先を下端に掛けてさらに跳ね、屋根に並ぶ柱の一つを両手で掴み、体を曲げて両足を柱に絡め、今度は手を離すと勢いをつけて体を揺らし屋根の縁に手を掛けた。 そこから腕力まかせに屋根の上へとほとんど音も立てることなく辿り着き、傾斜した屋根の上端を目指して四足で登っていく。 仕事場からそのまま履いてきた作業用のブーツは靴底にかなり高性能な滑り止めが付いているため、それほど危なげも無く端に辿り着くと内側の建物の屋根がすぐ下に見えた。 隙間を覗き込み下に人影が無いことを確認すると、内側の建物の屋根へ降りさらに先へと進み、縁まで辿り着いて腹這いになり顔だけ乗り出して、中庭と、直下の部屋の様子を見る。 中庭の石炭灯はここに来るまでの間に消されたらしく、モンヂの目には真下の部屋の灯りと、先ほどと同じように窓際で本を読んでいる娘の姿のみが確認された。 昼間の女子に……間違いねぇ……な、たぶん。 他には誰も……いねぇか。 つーかなんだ? この建てもん、どういう設計してんだ? 天井全体、丸太丸出しじゃねぇか……。 こんな数の丸太をこんな目茶苦茶な組み方で使いまくって、よく崩れねぇな……。 まぁでも……おかげで、掴まる所はいくらでもありそうで助かるけどな、っと。 屋根の縁でいったん中庭を背に立ち上がり、軽く後ろに跳ねて足から飛び降りた。 そのまま落下しつつ屋根の縁に手を掛け、勢いを利用して体を前方に振り、天井に大量に複雑に交差している丸太の梁の一つに足を絡めよじ登ると、さすがにその物音に、眼下の娘がはっと天井を見上げた。
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