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「!?……ひ……と……!?
どうして……そんなところに……?」
しかし驚きつつも、その侵入者には見覚えがあることに気付く。
「あ……あなたはもしや先ほどの……」
「おぅ、悪ぃな、脅かしちまって」
「いえ……いや……だからと言って……一体どうして……一体どうやって……そのような所に……」
状況の理解が追い付かずにただただ天井のモンヂを見上げ驚いているディトだったが、
「まぁとりあえず降りていいか?話すにしてもここからじゃなんだし」
「え……あ……えぇ……はい……」
何が何だかよくわからないが、昼間助けてもらった相手ではあるし、確かにこの距離、この位置関係では、落ち着いて話せそうにも無い、
などと考えているうちに、モンヂはあっという間に複雑に重なり合う格子のような梁を伝って部屋の奥側へと移動し、ほとんど音も立てずに床に飛び降りた。
「えぇと……とりあえず……お邪魔します」
「あ……は、はい……。
え……えと……あの、あ……ひ……昼間は……その……助けて下さったようで……、突然のことに……きちんとお礼をお伝えすることもできぬまま去ってしまって……大変申し訳ございませんでした……。
本当にありがとうございました……」
突然の屋根からの訪問者にどうしていいか、何の言葉をどう発していいのか、とにかくモンヂの方へ向き直ったディトは膝を正して床に着くほど深く頭を下げて礼を述べた。
「えぇ?あ、あぁ、いや、いいんだよ、あんなもん別に。
あんなの日常茶飯事なんだし、大したこたぁしてねぇって、ほんとに」
出会った時の印象とは違って予想外に礼儀正しい娘にモンヂは困惑し、
「そうなのですか……?
いえ……しかし……きっとわたくしは何も知らぬだけで、皆様のただならぬご様子から察するに、非常に危機的な状況であったのではないかと……。
それでもこうして無事帰り着き元の通りにいられるのは、やはりあなた様にお助け頂いたおかげなのではないでしょうか……。
本当に……ありがとうございました……」
と、一度上げた頭を再び下げるディトに、
「あぁ、もういいっていいってほんとに!
そこまでされるとなんか恥ずかしいわ。
わかったから頭上げろって」
礼儀知らずの貴族の箱入りお嬢さんか何かと思っていた上に、今までにこんな丁寧な言葉遣いで丁寧な応対をする人間と接したことも無いため、どうしていいか見失って慌てた。
「はい……」
答えて頭を上げながら、モンヂの大きな声が部屋を反響して広がるのを感じ、
「あぁ……しばしお待ち下さい……。
ここにわたくし以外の人がいることを知られては困りますので……」
ディトが立ち上がって足早にすべてのカーテンを閉めて回る。
「それから……あの……お話し……お話しするなら……こちらへ……」
先ほど座っていた部屋の中央の窓際へと進み、ぎこちない仕草でモンヂを招く。
「お、おぉ……悪ぃな……」
返事をして歩み寄るモンヂに、
「あぁ……あの……あまり……大きな声をお出しになりませぬように……お願い……できますでしょうか……。
ここは本来、外の方が立ち入って良い場所ではございませんし……わたくしも本来は、外の方と関わってはならぬ身ですので……」
「あ……あぁ、そうなの?
悪ぃ悪ぃ、気を付けるわ……。
……って、なんかすげぇ敷物だけど上乗っていいんか?
ってかそもそもこの部屋自体、土足で良かったのか?」
ってか髪長ぇ……。
言われた通り小声になりながら視線を移した窓際には高級そうな柄の入った厚手の広い絨毯が敷かれており、その絨毯にまで届き毛先を引きずる長い黒髪の合間から娘が素足で歩んでいるのに気付き確認するが、
「いえ……わたくしは構いませんので……どうぞこちらに……お座りになられて」
「あ、あぁ……そう……じゃあ……」
山中を徘徊していたせいもあり、いつもよりさらに汚れているブーツで、いいとは言われても恐る恐る足を踏み入れ、柔らかくも心地良い弾力で体重を跳ね返してくる高級な感触に、つま先立ってなるべく大股で進み早々にあぐらをかいて絨毯から靴底を離すと、少し離れてディトも静かに腰を下ろした。
赤を基調とした大胆かつ高貴な印象を与える、ふんわりとしたドレスの裾が広がり、ディトを中心に大きな円を描く。
高そうな服だな……見たこともねぇや……。
じゃねぇ、えぇと、なんだっけ、とにかく、
「あの」
しばしの沈黙を破って二人が同時に口を開いた。
「あ、いや、俺の方はいいから、そういうのいいから」
よくある変な感じになりそうだったので、モンヂが苦笑しながら譲る。
「あ……はい……?……いえ……では……。
あの……あなた様はどうしてあのような場所におられたのでしょうか……?
先ほども申しました通り、ここは外の世界とは切り離された特別な社、何者もどこからも入ることなど無いと思っていたのですが……」
恐れでも無く、呆れるでも無く、ただ純粋に不思議そうな表情で尋ねる娘に、
「あ、あぁ……。
いや、あっちの木の上から……って今見えねぇけど、そっからこの部屋にあんたがいるのが見えたんで、正面からだとなんか兵隊が守ってる感じで入れなそうだったから、ちょっと屋根から……」
言いながらなんだか馬鹿みたいな説明してるなぁ、と思ったが、娘の方はいちいち驚いた様子で、カーテン越しに窓の方を見やったり、天井を見上げたり、モンヂをまじまじと見詰めたりしているので、
「っていうか……なんかよっぽど重大な場所なんだな。
やっぱこんな風に勝手に入っちゃまずかったか?
ただの貴族のお嬢様……ってわけじゃ無さそうだし……」
と少し申し訳なさそうな顔をして見せると、
「いえ……わたくしはそのような者では……。
ここはつむぎびとであるわたくしがつむぎごとを行うためのつむぎの社と申しまして……」
「……?なんかよくわかんねぇけど……やっぱりそういう何か特別な……」
「えぇっ……?
ご存知……無いのですか……!?」
食い気味に声を上げたディトが、信じられない、と言った顔でモンヂを見詰めた。
「え?……あ、あぁ、悪ぃな、もしかしてけっこう一般常識か?
初学もろくに出てねぇんで、あんまり世の中のこととかよくわかんねぇんだよ」
「はぁ……そうなのですか……?
……まぁ……そうですよね……そういう方もおられるのかも知れませんね……。
世界にはとても多くの人々がいらっしゃるのですものね……」
昼間見た押し潰されそうなほどにひしめく人の山を思い出しながらうつむくディトだったが、すぐに顔を上げ、
「えぇと……では……。
つむぎびととは、遥か五百年以上前の古からこのフォーグリードの国を守る、国が生まれるずっと前からこのリトミルトの森にいる、この国が国として成立するきっかけともなった、特別な努めを担う特別な一族の者のことです」
誰もが自分の存在を知っていて当然だと思っていた驕りのようなものへの自戒の念か、ここはしっかりと説明して差し上げるべきと居住まいを正したディトが語り出した。
「おぉ……なんかすげぇな。
そっかぁ、やっぱりそういう国とかなんとかの特別なやつかぁ。
じゃあなおさら俺が知るわけねぇな。
……あぁ、一族ってことは他にも誰かいるん?」
広い部屋を見回すがやはりディト以外に人影は無い。
「いえ、つむぎびととしての力が顕現するのは当代ただ一人ですので……。
ここにはつむぎびとであるわたくしと、その補徒(ほと)のカエデがいるのみです。
つむぎびとは代々母から娘へと力が受け継がれ、娘を産むと母親からは力が消えてしまうのです」
「ふぅーん……力ねぇ……。
どういうもんなん?今見れる?それ」
「申し訳ございませんが、今は……お見せできそうにありません……。
お努め以外でつむぎごとを行うのも良いことではありませんし……この部屋にはちょうどいい元素も見当たりませんから……」
「元素?」
「はい。
つむぎびとは万物の存在の意味を、他の者には見ることも触れることもできぬ糸として見出し、触れ、取り出すことができる者のことで、糸を取り出すためにここへ運ばれてくる万物のことを元素と呼んでいるのです」
「見ることも触れることもできねぇ糸……?」
マジか……?
しかし当の本人は全くおかしな話をしているつもりなど無い、といった冷静で真剣な面持ちで、むしろ理解していないモンヂの方を不思議がっている様子なので、学の無い自分には知らない世界がいくらあってもおかしくないもんな、と、いったんとりあえず納得することにして、
「……ってか、万物ってのは……何でも全部、って意味だよなぁ?
でもこの部屋にもなんか色々物はあんじゃん、
なのにちょうどいい元素がねぇってのは、どういうことなん?」
と部屋を見回す。
「あぁ……不純物の多いと言いますか、純粋でない物体に糸は見えないのです。
存在の意味の宿っていない、失っている、宿すほどの意味を持たない物体、とでも言いましょうか」
「ふぅーん……よくわかんねぇけど、見えるもんと見えねぇもんがあんだな」
「はい……。
生物はほぼすべて糸を持っておりますし、純度の高い鉱石などにも糸が見えることは多いです」
「ふぅーん、なるほどねぇ……。
まぁ、とにかくなんか、いろんなもんからお前にしか見えねぇ糸を引っこ抜く仕事なんだな」
「引っこ抜くとは……まぁ……そうなのですが……乱暴ですわ……」
ざっくりまとめたモンヂを少し困った顔でディトが見詰めた。
「あはは、悪ぃ悪ぃ、ガサツな世界で生きてんからな」
「あなた様は……あなた様も……何かお努めをお持ちでおられるのでしょうか」
「お努めなんつぅ仰々しいもんじゃねぇけど……ま、下町のしがない駆け出しの鉄鋼職人だな、今はまだ」
「はぁ……?
えぇと、鉄鋼……と言いますと鉄のことですよね……。
つまりこういったものを作っておられるのでしょうか?」
ほとんど木製物ばかりの部屋から鉄製の部品や小物などを見付けディトが指差す。
「あぁ、まぁ、うちはそういう小物はあんまり扱ってねぇんだけど、要はそういう感じかな。
うちんとこは、こう、下地になる鉄板が届いて、それを実際に使う形に成形してんだ。鉄板を真っ赤に加熱して金槌でガンガンぶん殴って、
火花飛び散らかしながらひん曲げたり穴開けたり伸ばしたり縮めたり切断したり」
「……想像も付きませんわ……。
ずいぶんと……何と申しましょうか……過激なお努めをなさっておられるのですね……」
身振り手振りを交えて説明するモンヂだったが、まるで頭に情景が浮かばない、といった表情でディトは首を傾げた。
「はは、そうだな、まぁ俺んとこじゃそれが日常だけどな」
「はぁ……なるほど……。
しかしその過激なお務めによって作られた物が、きっと世界中のあらゆる場所に用いられていて、世界を支えているのですね。
素晴らしいことですわ。
あなた様のお務めも立派に国のためにお役に立っておられるのですね」
「国のため?
……考えたことも無かったな……。
よくわかんねぇなぁ、自分の作ったもんが最終的にどこで何に使われてるのかも知らねぇし……」
「あら……わたくしと同じですのね……。
わたくしも取り出された糸がその後にどこでどう用いられているのかなどは、一切何も存じませんわ」
とディトが自分の胸に手を当てて言うが、
「あぁ、そうなのか?
ふぅーん、こんな特別そうなとこでも、そういうのは一緒なんだな……。
でも国のため……かぁ?
俺はそういうつもりで働いてるわけじゃねぇんだけど……」
そんな大きな話など考えたことも無かったモンヂは頭を掻いて首を捻る。
「そうなのですか?」
「あぁ……逆にそういうつもりのやつの方が少ねぇんじゃねぇのか?
みんな自分の生活のための金を稼ぐので精一杯っつーか、国のことまで考えてらんねぇっつーか……」
「そういうものなのですか……。
……ところでその……生活とは……何でしょう?」
「は?
……あぁ、いや、そうか、ここはきっとそういうの考えなくていいんだろうな。
えぇと、生活ってのは、自分が毎日生きるためのメシとか家とか服とかそういうので、それを手に入れたり維持するには金がいるんで、その金を得るためにたいがいのやつは働いてるっつーか……って、言ってて自分で悲しくなってきたな。
つーかそもそも俺はそういうことで働いてんだっけ?
いやいや、職人ってのは金とは別の、魂的なことであって、仕事は金のためだけど職人は自分のため……あぁ、いや、自分のため……か……?
一流職人の腕を身に付けるのは……それを求める客のため……?
つっても客なんて上が勝手に決めたもんだし、別に感謝されるわけでもねぇし……。
あれ?俺はなんで働いてんだ……?」
話しながら一人で勝手に迷宮に陥り始めたモンヂが考え込み始めてしまうが、
「あの」
しばしの後にディトの方からそれを引き止める声が掛けられた。
「あぁ、悪ぃ悪ぃ、なんか変な穴にハマっちまったわ」
我に返って笑うモンヂに、真顔のディトが言葉を続けた。
「お務めに関して何かお悩みのようですが……、お務めとはそもそも、誰のため、と自分で決めることでは無いのだと思います」
「お?」
「それは、自分の生み出したものを使う方がおられるのならば、それだけで現実には完結しているのでは無いでしょうか?
わたくしはわたくしの努めの前後の、わたくし以外の方が為すことについて何も知りませんが、それでも日々新たな元素は届き、わたくしは元素から糸を取り出し、糸はそれを用いる方々の元へと届けられ、そこからさらに何かに用いられ続けていることでしょう。
それは、わたくしがどう考えようともそれとは無関係に、国のために役立てられているからなのでしょう。
そう信じておりますゆえ、わたくしはわたくしの務めについて、誰のため、何のためと思い悩んだことはございません」
「うーん……そういうもんか……?
まぁ、そうかな……。
俺が作ったもんも次のどっかで誰かに使われて、そこでまた何かが生み出されて、生み出されたもんがまた次のどっかの誰かに届いて、
みてぇなつながりが続いてったら、最終的には国のための何かになってんのかも知んねぇか……?」
「はい。
日々滞りなく自分の努めに励むことができるのは、わたくしが何も知らずともそういったつながりが常に途切れることなく国中を巡り続けているからなのですわ」
怪訝ながらも納得顔でうなずくモンヂに、ディトが少し優しげな顔で微笑んだ。
「そっか……なんかすげぇな、こんなとこで外にも出ずに暮らしてるってのに、俺なんかよりよっぽど仕事意識が高ぇっつーか、達観してるっつーか……。
あぁ、いや、逆に外を知らねぇからかもな、その方が余計なこと考えずに集中できるのかも知んねぇな……」
「……よくわかりませんが……」
「はは、いやぁ、別にわかんなくていいと思うぜ?
こういうとこで暮らしてるんなら、いっそ知らねぇ方がいいことってのも色々あると思うよ」
「はぁ……そうなのでしょうか……。
……あぁ、ところで、そう言えば……そもそもあなた様は何のご用でこちらにいらしたのでしたっけ……?
すっかりお尋ねするのを忘れてしまっておりましたわ。
何か緊急で重大なご用件がおありだったからこそ、あのような場所から無理にお入りになられたのでしょう……?」
話が一応の結論を迎え、この状況をふと冷静に捉えたディトが思い出し、尋ねた。
「あぁ……あぁ、そうだったな、そう言えばそうだ、完全に忘れてたぜ」
「ふ、ふ……」
自分で自分に驚いたようなやや間抜けな顔で膝を打つモンヂにディトが微笑んだ。
「えぇと……昼間街に来てた時に一緒にいた兵隊みてぇなあいつってさぁ、どこにいるん?
元々はどっちかっつーとあいつの方に用があったんだよな」
辺りを見回しながら尋ねるモンヂに、
「あぁ、えぇと……クノパト様のことですか?
それが……わたくしも今日偶然初めてお会い致しまして、お努めにどうしても必要な物を求めに街へと赴くことになり、ご厚意にてご案内して頂いただけですので……。
外の用務棟のどこかにおられるとは思うのですが、わたくしは本来関わりを持ってはならない方ですので、詳しくは存じ上げません……申し訳ございません……」
ディトが済まなそうに頭を下げた。
「あぁ、そうなん?
なんだ、ずっとそばに仕えてお前のこと守ってる、みてぇなやつなのかと思ったけど、そういうんじゃねぇんだな」
「あぁ……いえ、恐らくそういうお役目の方ではあるのですが、普段直接お会いすることは禁じられておりますゆえ……」
「ふぅーん、なんか色々めんどくせぇ感じなんだな……」
「お役に立てなくて大変申し訳ございません……。
本殿の外に出ることも本来ならばあってはならないことですし、わたくしは外のことには何も関しないのです……」
「そっか……。
まぁお前が謝ることじゃねぇって。
じゃあどうすっかなぁ……っと、もうこんな時間か、明日もあるんだろ?
そのつむぎごとっての。
ってかすげぇ時計だな」
奥の壁に掛けられた巨大な振り子時計を見ると、すでに十一時を過ぎていた。
「わたくしのお気に入りの時計ですの。
もう十年以上も前にお母さまがご用意して下さったのですよ。
……あら……確かにすっかり遅くなって……」
「女子の部屋でこんな時間に二人っきりでいつまでもいるわけにもいかねぇしな」
「よくわかりませんが……そういうものなのですか……?」
「まぁな」
答えながら、思いのほか身になる話ができたこの娘とこれで別れて二度と会わないというのも惜しい気がした。
本来の用も済んでねぇし、また来る理由はあるわけで……。
普通に友達に……ってのも難しそうな感じだけど、何かもう少し接点保ちてぇ気はするなぁ……。
うーん、なら……。
「まぁそれはともかく……今日はなんか仕事の話で大事な何かを聞けた気がして良かったぜ、ありがとな」
「いえ、こちらこそ、ここにいては全く知ることもかなわぬ、外の世界の、わたくしと同じように国のためのお努めを為されている方の具体的なお話が聞けて、大変嬉しゅうございました。
ありがとうございました」
軽く手を挙げて礼を伝えるモンヂに対して、深々と頭を下げるディト。
「はは、いいって、そんな。
……でもさぁ、自分の務めがその先どんなことに役に立ってるのかって、やっぱり気にならねぇか?
その目に見えねぇ糸ってのが、その後どこで何に使われてるのかって、俺もすげぇ気になってきちまってんだけど」
「そうなのですか……。
ご興味をお持ち頂けたのは大変嬉しゅう存じますが……」
モンヂの言葉に、頭を上げて怪訝そうな表情で小さく首を傾げるディトだったが、
「まぁだから、せっかくだしさぁ、ちょっと調べてきてやろうか、それ」
「?……いえ……そのようなことは……。
それにあなた様のお努めの方はよろしいのでしょうか?
わざわざあなた様のお時間を割いてまでお手を煩わせるようなことでは……」
「あぁ、まぁ大丈夫だろ、その辺は」
「そうなのですか……?
しかし……いえ……まぁ……確かに……わたくしももう十六ですし、自分の為していることの結末を多少なりとも知っておくべき、とも思わなくも無いのですが……」
やんわりと断りの意思を示すもまるで効果も無く、モンヂはすっかりその気になっている様子で何やら楽しげに力強く頷くなどしているため、なんとなく気圧されたディトがつい同調するような言葉を発してしまったため、
「あぁ、俺とタメなんだな、ますますすげぇな。
まぁ、俺が勝手にやることだからあんまり深く考えなくてもいいけどさ、とにかく色々調べてきて、それを報告しに来るからよ」
屈託ない明るい笑顔を浮かべて見詰めてくるモンヂに、断りづらくなってしまった。
「そうですか……。
申し訳ございません……ありがとうございます……。
とは言っても、やはりあまりみだりに社にお入り頂くのもどうかと……」
「まぁまぁ、なんか国がどうとか言う小難しい世界のことみてぇだし、何もわかんねぇで終わっちまうかも知んねぇし、いつになるのかもわかんねぇし、とりあえずそういう話もあったな、ぐらいに覚えててくれたらいいからさ」
「……はい……」
複雑な表情で小さく会釈するディトに、納得した様子のモンヂが立ち上がり、
「おし、じゃあまぁそういうことで、そろそろ帰るぜ、えぇと……あぁ、そういや、今さらだけど、俺はモンヂ・バックってんだ」
娘を名前で呼ぼうとして、そういえばお互い名乗っていなかったことに気付いた。
「あぁ……わたくしは、つむぎびとのディトと申します。
正式な名はディト・リュキュタリ・ジャヴァーク・アル・ヴィナロート、この国の古い言葉で、正統な糸の娘ディト、という意味ですわ」
「ディトね。
正式な方は……覚えらんねぇから、まぁいいか」
「それはあくまでもつむぎびととしての形式的なものですので、わたくし以外の方には覚えていても意味のあるものでもありませんから、お気になさらずに……」
笑って頭を掻くモンヂに、ディトが補足を加えた。
「そっか、まぁ、じゃあまたな、ディト」
「はい……。
今日は大変有意義なお話をお聞かせ頂きまして、本当にありがとうございました、モンヂ様」
「あぁ、次来る時もそう言ってくれるといいけどな」
言い残して窓の対面の壁に進むと、モンヂは棚や壁の突起などの適当な足がかりを見付け、野生動物のようにあっという間に天井の梁の上に登り、ディトの真上に移動して、
「んじゃ、な」
とディトに向かって手を振った。モンヂを見上げその身軽な動きに改めて驚きながら、
「はい……お気を付けてお帰りください」
答えたディトの長い黒髪が薄明かりの中で一瞬虹色に輝いたような気がした。
赤や緑や黒の大胆な蔓草の柄が大きく描かれた絨毯の上に座る、赤地に黒い刺繍のドレスを纏ったディトは、こうして真上から見ると、円形に広がったひだのあるスカートがまるで絨毯の蔓草に咲く大きな花のようで、最初からその絨毯に置かれている絵柄の一つにも思えた。
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