冬の蜘蛛
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 三年前、別れた妻は蜘蛛が好きだった。  綺麗好きな女であったが、何故かカーポートの軒下の蜘蛛の巣を決して払おうとはしなかった。神林真吾の家は仙台市内から一時間ほど南下した街にある。決して、都会とは言えない。まちなかで生まれ育った妻は、田舎暮らしを嫌った。不便な生活環境も、旧弊な生活習慣も、そこに暮らす人々も。仕事のできる女だった。教員として同期採用だった彼女とは、三年間の交際の後に結婚した。独身の頃は、お互い県北の実業高校に勤めて、妻はそれなりに苦労したようだ。おとなしい質だとは思っていなかったが、神林の前では、やけにしおらしかった。今、思えば、何かとうまくいかない教員生活に疲弊して、あわよくば逃げ出したい、あるいは新しい環境に身をおきたかったのではないかと思う。神林は田舎育ちの割に、結婚に対して過剰な期待や、妻となる女性のあるべき形を思い描いてもいなかった。だが、田舎育ち故に、結婚を避けようとはつゆ思わなかった。結婚から一年後に、揃って仙台市内へ異動することになったが、名の知れた進学校に着任した妻は、水を得た魚のように能力を発揮しだした。英語の教師であった彼女は、丁度そのころ県が動きつつあった、高校における国際交流関係の事業に携わることになり、海外出張も含めて多忙な日々を過ごしていた。一方の神林も、学生時代、国体の選手であった実績を買われて、高体連の硬式ニス専門部の委員として、インターハイ・国体の地元開催を支え、瞬く間に十数年が過ぎた。指導した部活動の大会実績も上々であった。お互いに、充実した日々だった、と思っていた。子供はなかったが、二人とも、教育に携わる身であるから、他人の子供ではあるけれども、情熱を注いで生徒を育て上げているからそれでよい、と自負していた。