289人が本棚に入れています
本棚に追加
色街にて
「芳賀くんって、今まで女の子と付き合ったことあるんですか?」
水曜日。工場での作業中、耀介もサラも電話番や別の雑用で出払っているあいだに、同じ作業に取り掛かっている天音が唐突に尋ねた。
「えっ・・・ま、まあ・・・一応」
「ウソ」
「無いと決めつけて聞いたな?」
「……ははは、バレました?」
「とは言え一昨年までの話さ。中学時代からの子で……」
「へええ・・・今は誰も?」
「うん。浮いた話はない」
「留学先に彼女がいるんじゃないかって、みんなでちょっとだけ噂してたんですけどね。アメリカ人の」
「まさか。まあみんなフレンドリーだったけど、恋には発展しなかったな」
「芳賀くんって、どんな子が好きなんです?」
探るような天音のいたずらな目つきに、芳賀は頬を熱くさせながら目をそらした。天音は実年齢を隠してはいるが、銀次や瑛一をからかうのと何ら変わらぬ気持ちで年下の彼に接している。
「……秘密だ」
「えー、よけい気になるやつ!教えてくださいよー!」
「逆に聞くが星崎くんは?」
「あ、ずるい、質問返しした」
「教えてくれたら言うよ」
「僕は……まあふつうの常識的な人なら」
「そりゃずいぶん範囲が広いな。もっと狭めて」
「狭めて?……ええ~……頼り甲斐があって、心が広くて、話が面白い人」
「なんか、女子に好かれる男子のタイプって感じだな」
「はは……でもそれがいちばんです。で、芳賀くんは?」
「僕は……」
するとちょうどそのタイミングで、光央からの無線が入った。
『天音』
「はい」
『ちょっと除去装置の様子見てもらえるか?こないだ言ってたとこ、また詰まりか何か起こしてるかも』
「はーい」
無線を置き「ごめん芳賀くん、すぐ戻るからここお願いしまーす」と言うと、天音はすぐにTシャツを着直して走っていった。暑過ぎると言って、父の目がないのをいいことにしばらく衣服を首にかけて上半身をさらしていたのだ。サッカーや体育の授業ではおなじみの光景である。芳賀は汗で張り付くその背中を見届けながら、「……君みたいな人かな。なぜだか知らないけど」と、誰にも聞こえぬ声で質問の答えをつぶやいた。
最初のコメントを投稿しよう!