色街にて

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(かと言って……) 「連れていく男」が仮契約中のハルヒコというのは、正直かなり気が引ける。三国や邦博、あるいは大吾郎のような「常識的な」寮生の誰かなら、ほとんど気負うこともなく実家に連れて行けるかもしれないが、息子の恋人が「あれ」では親は心配するに違いないし、同性愛への理解も遠のくかもしれない。 (いや、ハルヒコは良い奴っちゃ良い奴なんだよ……瀬川くんにもガツンと言ってくれたし、バーベキューの準備は手早いし、素手でゴキブリ退治できるし、ドッヂボールで集中攻撃喰らってるのに最後まで生き残ってたし、高速船から落ちても死なないし……) でもなあ、と大きなため息をつく。「あれ」に抱かれた自分が憂うのも間違っている気はするが、胸を張って連れて行ける男ではない。躾けなどしたところで聞くわけがないし、1分でも自分を偽ることができない男だ。最悪、自分同様に気の短い父親と殴り合いになるかもしれない。……というより、散々変人扱いしてきたあの男を、誰かに恋人として紹介することはやはり気持ち的にかなり複雑である。複雑というより不可能だ。彼とセックスしたことは、親友のサラにすら絶対に言えないのだから、親などもっと言えないに決まっている。 (友達なら……) やっぱり彼とは、友達のままが良かったのかもしれない。友達としてならまだ実家にも連れて来られたし、毎日こんなに彼との関係について思い悩むこともないし、何より堂々と邦博に恋心を抱けたはずだ。 (やっぱりやめようって言おうかな。言ってどうなるってものじゃなくても……さすがにハルヒコに対しても悪すぎる、こんな気持ちのままは) 次の休憩は耀介と芳賀だ。サラは暇な電話番なので休憩などいらないと言い、今日は終日事務所に詰められたままになっている。 そのとき、立ち上がったタイミングで携帯にメッセージが入った。 「あ・・・邦博くん」 メッセージ欄を開くと、【元気?地元にいるなら、土曜会わない?】とあった。天音は一も二もなく【会おう】と送ると、【邦博くんも地元にいるの?】と続けた。 【いま友達と旅行してて、金曜に帰る】 【また旅行?】 【家にいても課題しかやることないからな。でも帰ったら、9月まではずっと課題漬け】 【僕なんかあれからずっと家の手伝いだよ。学校の子もいるけどいい?】 【もちろん!サラもいる?】 【いるよ。邦博くんに会えるって言っとく】 【はるひこさんは?】 【いない】 【呼ばないの?】 【呼ばないよ】 【ドライだな】 【それより土曜は近所で夏祭りがあるから、うちの方まで来なよ】 【行く!また金曜に連絡するわ】 天音はその返信に柄にもなくスタンプを送り、休憩室を出る前に【身だしなみは安全への第一歩】と刻まれたドア横の鏡に自分の顔を映し、にやけた顔をどうにか真顔に戻した。ハルヒコという存在がある手前、せめてこちらからは邦博に連絡しないでおこうと卑怯なルールを設けていたが、また会えることにはやはり嬉しさがこみ上げる。だがその嬉しさによってハルヒコへの悶々とした気持ちも吹き飛んでいたことに、今度は苦笑いを浮かべた。 そして夕方。仕事後に邦博の件を伝えると、サラは喜び、耀介も「楽しみだな」と笑った。終業後、彼らは自宅近くの「商工会議所」なるオンボロの公民館のような場所で、効きの悪いクーラーの中、土日に行われる夏祭りの準備についての話し合いに参加していた。祭りの会場はただの公園だが、今年はこちら側の商会が盆踊りを開く権利を確保したのだ。今年も草野球で白黒つけるのかと思っていたが、日中のグラウンド使用禁止問題により草野球の時間が取れず、結局「去年はあっちだったから今年はこっち」という子供のケンカのような平和的解決に終わった。 舞台の設営や屋台設置の手伝いは、おもに「若い衆」に委ねられている。ヤクザの子分ではなく、単純に力仕事に向いている若者ということだ。連日の猛暑で商工会の年寄りたちがバタバタと倒れ、夏祭りの開催自体も危ぶまれているほどなので、体力のある若者が例年より多く駆り出されることとなっている。 天音は口にこそ出さぬが(そんなんならもう辞めちまえ)と心中で悪態をついていた。古い町の伝統は大切かも知れないが、家を出ている天音には小さな町の盆踊りのことなど「知ったこっちゃない」のだ。だが光央が一帯の商会の組合長を担っている手前、その息子である自分も自動的に厄介ごとに駆り出されるシステムになっている。高校を出たらこの町に戻りたくないと思うのは、地域の付き合いが彼にはあまりにも鬱陶しいからだ。寮生たちと兄弟のようにつるむのはいいのだが、近所の人間など友達でもなんでもない「近くに住む人」でしかなく、寮生のように気心の知れた住民などがあるわけではない。小中時代の友人らも時々は会うし、銀次とは家族ぐるみで仲良くしているが、この年寄りたちとはこういった面倒ごとだけの付き合いでしかないのだ。 そんな愚痴をふと耀介に漏らすと、「でも銭湯でも飯屋でもどこ言っても知り合いがいて、いろんな爺さんたちと話してて仲よさそうに見えるけどな」と言われ、自分は知らず知らずのうちに着々と「光央の後釜」に向かっているのかと恐ろしくなった。
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