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井戸端会議のようなくだらない話し合いを終え、ともかく当日の朝7時くらいに会場に集合して設営を手伝うという役割をあてがわれ、天音たちはさっさと商会所を後にした。そしてふらふらと色街の中にある公園にやってくると、天音とサラはブランコに掛け、耀介と芳賀は囲いの鉄柵に腰を下ろした。
「すみませんね芳賀くん、全然関係ないのに」
「いや、なかなか稀有な体験だったよ。地域の話し合いなんて縁がないもんな」
「ふつうは無いですよ。しかもいまどきこんなアナログな話し合い自体が」
芳賀は金曜の仕事を終えたら鎌倉に帰り、そこから新学期まで地元の予備校に缶詰めとなる予定だ。
「それにしてもお父さん大変だな。こっちと千葉を行ったり来たりして、おまけに組合長までやってるんだから」
これまで光央はスクラップ工場の管理をメインとしており、今は腰を痛めた父の代理としてリサイクル工場を任されているのであって、ここでの作業のかたわら千葉の工場の事務仕事もしなければならず、口では能天気なことを言いつつ手いっぱいな日々を送っている。
「ねえ」
「そんな他人事みたいに」
「まあ今年はそれなりに人手も足りてるから」
「そう?さっきお父さん、"やっぱ千葉の方に天音行かせようかな"って言ってたよ」
思わぬサラの言葉に、天音が怪訝な顔をした。
「聞いてない」
「あとで言われるかもね」
「はーーーー・・・・・」
ブランコでゆらゆらと揺れながらがっくりとうなだれる。
「行くとしても週明じゃない?耀介が帰ってから」
耀介は日曜日に祭りを終えてから星崎家を発ち、月曜から野球部の面々と沖縄旅行へ行くとのことだ。すなわち天音は、月曜日からはサラとふたりきりの行動がメインになる。
「俺が手伝えるなら千葉に行ってもいいけど」
「ううん、あっちはちょっと危険な作業も多いから行かせないと思う。サラは去年事務の手伝いと電話番で行ったけど」
「スクラップ工場だっけ?」
「そう。使われなくなった思い出の粗大ゴミをね、容赦なく潰しまくるんだ」
「見てみたいなあ」
「僕も」
「社会科見学とかしなかった?うちの工場、小学生とかよく見学に来てるよ」
「へええ。……俺はただのゴミ処理場とか見させられたかな」
「僕も」
「天音、小学校は自分ちのリサイクル工場で、中学校も千葉の工場だったんだって。社会科見学」
「マジ?すげーな」
「それ感想文とか何書くんだい?」
「見たまんまをみんなと同じように書きましたよ」
「職業体験で友達の家がやってるスーパーとかは行ったけど、まさしくそれと同じだな」
「そう、すっごいからかわれるやつ。父さんが張り切るタイプだからよけい恥ずかしくてさ」
錆びて軋む音を立てながら勢いをつけて漕ぐと、鉄柵の近くまで飛んで着地し、「ご飯行こっか」と言った。前々から気に入っている中華料理屋に行こうと言っていたのだが、それはこの色街のど真ん中にあるそうだ。耀介と芳賀は少し緊張したが、天音の顔があるせいか、あるいは明らかに未成年と分かる若さであったせいか、店の前で食虫植物のごとく客を待ち構える黒服たちに声をかけられることはなかった。
「いらっしゃい……お、天音。お友達?」
汚らしい店構えと、古めかしい店内。店主は中国人なのか、「おともだち」を「オトモタチ」と発した。
「高校の子」
「そう、よく来たね。そこ座って」
3卓あるうちの真ん中のテーブル席に掛けると、「チャーハンおすすめたよ、あと五目」と言われ、「じゃあチャーハン」と天音が言うとサラもそれを頼み、他2人は五目焼きそばを注文した。女将さんに「これサービス」と、好みも関係なくコーラの瓶をドンと4本置かれ、天音が「いいの?」と問うと、店主はネギを刻みながら「酒屋からサービスてもらった」と笑った。栓抜きで開けると、コップに注がずそのまま瓶で乾杯をした。
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