0人が本棚に入れています
本棚に追加
クレハとの生活と昔の話
「ミケくんは異種族の恋愛ってどう思う?」
真っ白な体毛が特徴的なドワーフうさぎのクレハが問いかける。
「普通じゃ考えられないな」
三毛猫であるオレは気ままなゆえに伸びをしながら答える。方向性は出したくない。そんな不自由な回答は好きじゃない。
「そっか…」
わざとなのかピンっと張って立っていた耳が垂れている。きれいな形と色をしている耳だからかそんな姿も様になる。クレハはわざとやっているのだろうか。だそうだとしたらなかなかあざとい。
でもオレとクレハには大きくて深い溝がある。異種族であることは言わずもがな、年齢も環境もまるっきり違う。オレはクレハの二回りは長く生きている。それにオレは昔人間に飼われていたが今はノラ猫だ。好きなことを好きな時にできるが、初めてノラになったときは自分でエサを探したり、寝床を確保したりと大変だった。なんてったって縄張りがわからないんだから苦労した。一日中腹がペコペコだったのは忘れられない。
一方クレハは人間に飼われている。それに今まで人間の手から離れたことがない。オレから見れば窮屈でたまらないがクレハはそんなそぶりを見せない。他の環境で過ごしたことがないから比べようがないからだろう。
「でもね…私はあなたが好きなの。あなたといるだけで私は生きていけるわ。だから私と一緒に過ごしてほしいの」
ストレートな物言いだ。多少言葉が変だけど心に刺さってくる。こうやって物事を真っすぐに伝えられるのは若さゆえだろう。
こうしてオレの首には自由とは程遠い首飾りがつけられたような気がした。
それからというものオレはクレハのもとへ足繁く通った。それこそ雨が降ろうが風が吹こうが。クレハのもとへ向かうのはお日様が一番高いところに上った時がいい。クレハがいるところは朝と夕方に人間が多くてお昼は少ないから人間に会わずにすむ。しかもその時に行くと人間の子どもがクレハにエサを与えるようでオレもおこぼれをもらえる。エサを得るのは大変なことだからオレは変なプライドは張らずに媚びる。それでうまいエサを食べて明日も生きられるなら安いもんだ。こういうことはクレハにはわからないことだろう。
「ミケくん、今日も来てくれたのね!ありがとう!大好き」
オレがクレハのもとへ向かうと必ずこう言う。顔を出すだけで感謝されて好かれるっていうのは悪くない気分だ。エサにもありつけるしな。食べられることに感謝してオレはエサを食らう。人間は食べ物を食べるとき手を合わせて感謝をするそうだがそれはとても大事だと思う。昔の飼い主は毎回ご飯を食べるときは手を合わせて感謝をしていた。食材と食べられることに。若いころに相当苦労したのだろう。
クレハがニンジンをカリカリとおいしそうに頬張っている姿はとても絵になる。一生懸命に食べているのはもちろん、ねこのオレから見ても愛おしく思えてしまう容姿は反則だと思う。
「これも食べなよ、俺はニンジン嫌いだし」
ねこのオレにニンジンを用意するなんてお門違いもいいところだ。筋があって固いんだよ。それにあんなにおいしそうに食べるクレハの顔が見れるならニンジンなんていくらでもあげる。だからニンジンが嫌いとかじゃニャいんだからね!!
オレがニンジンをあげるとクレハは頬をいっぱいにして
「わーありがとう!」
そう言って受け取るのであった。反り返って倒れそうなほどピンっと伸びている耳を見るとどれだけうれしいかが伝わってくる。やっぱりこんなうれしそうな姿を見ると幸せな気持ちになる。昔、オレを飼っていた人間もよく幸せそうにしていた。
昔、オレを飼っていた人間はよぼよぼして腰の曲がったメスだった。オレはその人間の名前が分からず、いつもばあさんと呼んでいた。ばあさんを訪ねてくるやつはほとんどいなかったから名前を知りようもなかったのだ。オレがいつも日向ぼっこをしているといつもばあさんはオレを膝の上にのせてなでてくる。ばあさんのなで方はとっても気持ちが良くてオレはいつも「ニャー」とだらしない声で鳴いてしまっていた。他のやつやには恥ずかしくて聞かせられない声だが、ばあさんにだけは聞かせられた。ばあさんはそんなオレの声を聞くと嬉しそうに微笑むのだ。オレはそんなばあさんの顔が好きだった。
しかし、そんな日々は長くは続かなかった。ある日からばあさんは体調を崩したのだ。ばあさんはあったかい布にくるまってよく苦しそうな顔をしていた。オレが近くによるといつも「ごめんね、ごめんね」と繰り返す。「ご飯あげられなくてごめんね」、「うつしちゃったらごめんね」。そんなことばかり言っていたのでオレはよく
「まずは自分が飯を食え!それに、ねこのオレが人間の病気にかかるか!」
と言っていたがばあさんには伝わらなかった。それに苦しいのはオレじゃない、ばあさんだ。謝る必要はない、といつも思っていた。
そしてオレは飼われている家から飛び出した。ばあさんが死んでしまうだろうとわかったからだ。ふつう、オレたちねこは死期を悟ると飼われている家を飛び出す。主人の悲しい顔を見たくないからだ。だけど今回は違った。あんなにやさしかったばあさんが死んでしまうことにオレは耐えきれなかった。家を出る前に最後に一度だけばあさんの顔を見に行こうと思って枕元に行くと先客がいた。ボロボロの布切れをまとって、大きな鎌を持ったとても不気味な奴だった。ばあさんはオレが枕元へ行くと気が付いたようでこちらに顔を向けた。ひどく痩せこけていて見るに堪えなかったがばあさんは骨と皮だけの手で俺の頭を撫でてくれた。オレがたまらず「ニャー」と鳴くと嬉しそうな顔をした。
そのあとオレは枕元に立っていた先客を一瞥して家を飛び出した。
オレはクレハのそんな顔を見るとばあさんのことを思い出す。だからこそ毎日欠かすことなくこの場所へ足を運んでいるのだと思う。
最初のコメントを投稿しよう!