#10

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#10

 一方、詩織の方は何も気にしていないらしい、冷蔵庫のドアポケットに並ぶ500mlのミネラルウォーターを一本引き抜くと、さっき律が発見したコンビニの袋を無造作に取り出す。 「それ、なんですか?」 「?朝飯だよ」 詩織はビニール袋から二つ、惣菜のパックを引き抜きながら、答える。 一つは過熱して食べるパスタ、もう一つは申し訳程度のサラダだ。 「それが…朝ごはんですか?」 「ああ」 「足りるんですか?それで」 「ああ」 彼はパスタをレンジに押し込んで、ボタンを押す。 「何も食わないよりマシだよ」 …まぁ、食事なんて個人的なことをとやかく言ってもしょうがない。 朝は食べない派の人だっているんだし。 けれど、彼のコンビニ飯の隣で二人分だけ料理を用意することに、律としては少し後ろめたさを感じてしまう。 「あの…一緒に作りましょうか?」 束の間迷った末に、おずおずと申し出る。 彼はその言葉の意味するところが分からなかったらしく、片眉を吊り上げた。 「朝ごはんです。今から作るところなので…」 二人でも三人でも手間はたいして変わらない。 しかし、彼は微笑して首を横に振る。 「姉貴のシェフに俺の世話までさせるわけにはいかないよ」 電子レンジが過熱終了の音を出すと、詩織はパスタとサラダをダイニングテーブルに運び、黙々と食事を始めた。またスマホをのぞき込んでいる。 それを横目に、律は朝食の準備を再開する。  皿にレタスを敷いて櫛切りにしたトマトと、昨夜の残りのポテトサラダをつけ合わせにすると、目玉焼きを焼きながら、テレビから流れてくる天気予報をチェックする。 最近は本当に天気が変わりやすいから、毎朝必ず一日の予報だけは確認することにしている。 だが、テレビの音声は換気扇の音にかき消されてほとんど聞こえない。 いつもなら手を止めてテレビの前に行くけれど、今日は彼がいるので、それはためらわれた。 足りない情報を視覚で補おうと、キッチンから食い入るように数メートル先のテレビ画面を見つめる。 「今日は午後から天気が不安定になるらしい。外出する用があるなら午前中に済ませた方がよさそうだ」 詩織が天気予報を要約してくれた。 「午後に家を出るなら傘を持っていった方がいい」 「あ…ありがとうございます。三上さんも、お出かけの時は傘をお忘れなく…」 そう返すと、笑いを取ろうとしたわけでもないのに、なぜか詩織の唇がより大きな弧を描いた。 昨日から、何やら彼が自分の反応に訳ありげな笑いを浮かべるのは、気のせいだろうか? 昨夜の、汚点と呼ぶにふさわしい初対面のせいで、彼は律をお笑いキャラだとでも認識しているのかもしれない。
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