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#15
どうにもならない過去の恋などさっさと忘れて、次の相手を見つけるべきだ。
メッセージを送信したところで、スマホが震える。
見ると、母からのメールだった。
律はリビングのカレンダーに目をやった。
もう7月も終わりだ。半月後にはお盆である。
時期的に母の用件は自ずと察しがついた。
“お盆にはこっちに帰って来られるの?”
予想通りのメールを見て、気持ちが沈む。
短い文面を見つめたまま、どう返事をしようかと思いあぐねる。
何より頭が痛いのは、“帰ってくるなら彼氏も連れてきなさいよ”という部分だ。
もう別れたよ。心の中でそっと呟いて、律は帰れないと打ち込んだ。
“ちょうどその時期に友達と旅行に行く約束があるから”
なんて、ありもしない予定を理由にして、メールを返す。
しかし、その返信だけでは母も諦めない。すぐにまた着信音が鳴る。
“どこか一日くらい帰って来られないの?”
“もうお昼休憩終わりだから、あとでスケジュール確認して、また連絡する”
律は画面の上でのろのろと指を滑らせて、やり取りを打ち切った。
ふつう、盆暮れは実家に顔を出すものだ。
それを考えると、母の誘いを無下にはできない。
でも、母には会社を退職したことを話していない。
この家に越したことも、彼氏と破局したことも…
律は頭を抱える。言えるわけがない。
ゴールデンウィークに実家に帰省した折に、律は浮かれた気分のままに“彼氏と結婚する”と母に仄めかしていたのだ。
まさかそれから一カ月後に別れを切り出されるなどとは、露にも思わずに。
当初の予定では、律は6月いっぱいで仕事を辞めてその後、新居探しと結婚の準備を進めるはずだった。
それなのに、いざ退職日まであと一週間というところで、真が浮気をしていたことが発覚した。
律がそれを責め、彼が謝罪するという形でこの件は収束したかに見えた。しかし…
別れよう。そんなメッセージが送られて来たのは、律の退職日まで残すところあと数日という時だった。
その言葉に、律は何の返信もできなかった。
彼に言いたいことはたくさんあったはずなのに、結局一言も言葉にできずにいるうちに退職日を迎えてしまった。
今さら、退職の撤回など言い出せるはずもなく、律は自分で申し出た通りの日に会社を去った。
皮肉にも、親しい同僚に打ち明けた“寿退社”という理由が、いつの間にか社内中に広まっていて、律は「おめでとう」という祝福に身を切られるような思いをしながら“世界で一番幸せです”風な笑顔を張り付けての退職になった。
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