#18

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#18

***  起き抜けの頭はいつもに比べると、ずいぶんぼんやりしていた。 律はのろのろとベッドから抜け出た。 遮光カーテンを少し引いただけで、夏の強烈な日差しに照らされ、反射的に目を細める。 いつもより二時間以上も寝坊している。 間違いなく、昨日の酒と夜更かしが祟った結果だ。 幸いにも世間は休日で、由紀奈も今日は休みだから何も支障はないけれど。  昨夜は、酒を一杯付き合うだけで、お笑い番組が終わったら自室に引き上げるつもりだったのだが、なんとなく話をしているうちに二杯、三杯と酒は進み、さらに帰宅した由紀奈が加わったことで、日をまたいで三人で飲んでしまったのだ。 その後、ベッドに入ったのは二時だったか三時だったか…  部屋を出てみると、共用のダイニングテーブルの席にはすでに詩織が座っていた。 足音で律の存在に気づいたのか、彼が振り返る。 「おはよう」 「おはようございます」 小さな声であいさつを返す。 とっさに思ったのは自分がひどい顔をしているのではないかということだ。 昨夜、一杯だけのつもりだった酒も、勧められるままに飲んでいるうちに何杯飲んだか分からなくなっていた。 きっと顔はひどくむくんでいる。まぶたも重いし。 せめて鏡で顔を確認すればよかったと後悔するが、今さらどうしようもない。  昨日一緒に夜更かしをしたはずの詩織の顔には、そんな痕跡は微塵も感じられない。 ただ、彼の方も起き抜けなのか、ひげが生えている。 「姉貴はまだ寝てるよ」 詩織は目線だけを天井に向けて、そっと告げる。 「三上さんは今日はお休みですか?」 「いや、10時頃に出る」 土日が休日というわけではないらしい。 調整なのか、それともフレックスタイム制でも採用している会社なのか、彼の出勤は比較的遅めのようだ。 その勤務スタイルに、律は一瞬IT業界に興味を惹かれたが、すぐに思い直す。 それらの魅力を理由に転職したところで、仕事が苦痛では本末転倒だ。  律はエプロンを首にひっかけながら、キッチンに入る。 「三上さん、もうごはんは召し上がりましたか?」 彼はまだだと首を振ると、何かを懸念するように少し眉をしかめた。 律が食事を作ろうとしていることを危惧しているのだろう。 彼が断るより先に、律は早口でまくしたてる。 「私がこの家の家政婦でないということは重々承知してます。でも、あなたがいてもいなくても私はこれから朝ごはんを作ります。だから手間は二人でも三人でも変わりません。もちろん、私の作るものが口に合わないというのなら…なんですか?」 詩織の唇が大きく弧を描いている。今にも笑い出さんばかりに。 「なんでもない。…じゃあ、頼むよ。りっちゃん」  律がキッチンに入ると、彼はまたスマホをいじり始める。 昨今の若者のスマホ中毒ぶりに眉をひそめながら、律はやかんを火にかけた。
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