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#23
「ここは俺の家でもある。家に帰るのに理由がいるか?」
「でも、今日は帰ってこないって聞いてました」
「予定が変更になったんだ。…そうか」
そこで詩織が、合点がいったような顔をする。
「誰も帰ってこないと考えてたのか。だからあんな恰好を」
彼はうっすらと淫らな笑みを浮かべ、不躾にも律の胸元に視線を向ける。
まるで律がまだキャミソール一枚の姿で立っているかのように。
羞恥心がぶり返し、体が一気に熱を帯びる。
「わ…忘れて下さいっ!もうそのことはっ!私明日仕事なのでもう寝ます!」
「君の部屋が一階だということを忘れるな」
つまり、窓を開けはなしたま眠りこけるなということだろう。
「今度こそエアコンを使わせて頂くのでご心配には及びません!」
「セキュリティの問題さえクリアすれば、どんな恰好でくつろごうと君の自由だ。キャミソールだろうと下着だろうと」
思わせぶりに目配せされ、引きかけた熱が戻ってくる。
「分かってますっ!おやすみなさい!」
全身にチリチリとした熱を感じながら、その日一番大きな声で会話の終了を宣言すると、律は逃げるように自室に引き上げた。
おやすみ、と返された彼の愉快そうな声を背中に聞きながら。
***
翌朝、部屋の扉が力強くノックされる音で律は目を覚ました。
アラームの音が耳に入ってきたのはそれからだ。
ヘッドボードに置いた時計に我が目を疑う。
6時に起きようと思っていたのに、もう6時半だ。
遅刻。その二文字が頭に浮かんで、起床早々、体から血の気が引いた。
りっちゃん?と呼びかけながら、強めのノックを繰り返す詩織に、律は慌てて返事をする。
「大丈夫です起きてます!」
まったく心臓に悪い朝だ。そもそも、なんで彼が部屋の扉をノックしているんだろう?
しかしその疑問はすぐに氷解する。
律の部屋はリビングの隣だ。
大きめの音で設定しているアラームの音は隣室にいても聞こえるだろうし、それが30分も鳴りっぱなしだったらさすがに不審に思うだろう。
律は急いでクローゼットから今日着ていく服を抜き取ると、洗面所に向かった。
せかせかと歩きながら、頭の中で寝坊した原因を探す。
間違いなく、昨夜ソファで眠りこけたせいだ。それに…
思い出して、口がへの字に曲がる。
あんなことがあって、変な時間に目を覚ましたからだ。
キャミソール事件と、冷房問答。
あの後、自室のベッドに潜り込んでも眠りにつくのにかなり時間がかかった。
暑さのせいじゃない。彼の言葉に従って、冷房で快適な室温環境を整えたのだから。
原因は、彼が帰ってきたことにある。ありえない醜態をさらして…
記憶が脳裏をかすめたことで、頬が熱を帯びた。
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